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第3話

   3


 学校までの道中、あたしはもう一度確認するように、赤いショルダーバッグの中を覗き込んだ。


 そこには先ほどあたし自身が入れた大量の教科書やノート、コスメポーチ、お弁当なんかが詰め込まれていて、そのバッグの見た目よりも明らかに多くのものが入っているにも関わらず、違和感がないそのことが違和感だった。


 魔法、なんてマホさんは言っていたけれど、これを見る限り、どうやら本当に魔法というものはこの世に存在するらしい。


 おまけに、コンビニのガラスに反射したショルダーを掛けたあたしの姿を見てみても、全く気にもならなかった。


 あぁ、なんか赤いバッグを提げているな、とそんな程度だ。


 あまりにも自然過ぎて、それがまるで学校指定の鞄のような気さえした。


 ふとコンビニの店内に掛けられた時計を見れば、すでに一時限目の授業が始まっている時間。


 あたしは最早急ぐ気もなく、ゆっくりと学校へ向けて歩き出した。


 別に良い大学に進学するつもりもないし、適当に何かの専門学校かどこかに行ければそれでいいから、成績とか素行とか、そういうことをあまり気にしたことはない。


 将来に対して夢とか希望なんてものがあるわけでもないし、毎日楽しく生きていければそれだけで別に良かった。


 今日はいい天気だし、学校なんて狭い空間に一日中閉じ込められることの方がもったいない。


 あたしは一人、鼻歌なんか歌いながらダラダラと道を歩き続けた。


 やがて学校の正門が見えてきたころ、そこに一人の男の子の姿があって、どこか途方に暮れているようなその姿が気になった。


 遅刻してきて、どうやって中に入ればいいのか戸惑っているのだろう。


 ……もしかして、一年生かな?


 思いながら、あたしはその少年に声を掛けた。


「――何してんの、そっちじゃないよ」


「うわっ!」


 少年は飛び上がるように驚きの声を上げ、あたしの方に振り向いた。


 寝ぐせなのかワックスなのか、よく判らない感じに跳ねまくった黒い髪に吊り上がり気味の目元が特徴的で、ちょっと気の強そうな顔をしているのに、あたしを見るその視線はとても戸惑っている様子だった。


 そんな彼に、あたしはなるべく安心させるように、

「こっちにおいでよ。案内してあげる」

 と微笑んで見せた。


 けれど彼はやはりどこか不安げな顔で、

「え、えぇっ?」

 とあたしと正門を交互に見やる。


 仕方なく、あたしは彼の腕に手を伸ばすと、

「いいから、早く!」

 とその腕を引っ張りながら、フェンス沿いに道を進んだ。


 しばらく道を進んだ先に見えてきたのは、関係者用の通用門。


 ここの門は常に開けっ放しになっているのを、よく遅刻してくる生徒なら皆知っている。


「こっち側、朝から夜までずっと開けっ放しなんだよね。ちょっと不用心でしょ?」


 そう言って笑って見せると、彼はあいまいな笑みを浮かべて「そうなんですね」と小さく返事する。


 あたしは彼の腕を離しながら、

「君、一年生?」

 訊ねると、彼は首を横に振って、

「あ、いや、二年生です」

「じゃぁ、一つ下か」

「はい」


 二年生にもなってこっちの門を知らないってことは、

「今まで遅刻とかしたことないんだ?」


「えぇ、まぁ」


「ふうん、優秀じゃん!」


 あははっと笑いながら、あたしは彼の肩をポンポン叩いた。


 彼はあいまいな笑みを浮かべたまま、けれどじっとあたしの顔を見つめていて。


 なんだろう、どうしてそんな目であたしを見ているんだろう。


 その視線にはどこか覚えがあって、あたしは小さく肩を落とす。


 ――あぁ、なるほど。


 なんとなく、予想がついた。


 けれどあたしは、あえてそのことには触れずに、

「まぁ、教室に入ったら適当に理由つけなよ。お腹痛くてトイレにこもってました、とかさ」


「……あ、はい。ありがとうございます」


 頭を掻きながら礼を口にする彼に、あたしは、

「いいの、いいの! じゃぁ、あたし、行くね!」


 大きく手を振って、逃げるようにして、校舎へ向かって駆けたのだった。

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