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第2話

   2


 マホさんはカウンターの向こう側へと踊るように移動すると、優しげな笑みを浮かべたままで、

「それじゃぁ、えっと――あなたのお名前は?」


 訊ねられて、あたしは少しだけ迷った末に、たぶん、あのカケルくんの雰囲気だと、名乗っても大丈夫だろうと判断して、

「藤崎、彩名です」

 と正直に答えた。


 するとマホさんは小さく頷き、

「アヤナちゃん、ですね。カケルくんと同じ学校の制服を着ていたから、ちょっと気になって思わず声をかけちゃいました。ご迷惑でしたか?」


「いえ――」


 あんな強引に引っ張りこんでおいて、今さら迷惑も何もあったものじゃない。


 けれど、それを言ってしまってもそれこそ今さらなので、それ以上は何も言わなかった。


 そんなあたしに、マホさんは一つ頷き、

「じゃぁ、代わりの鞄を出しますから、ちょっと待っていてくださいね」

 そう言ってあたしに背を向けると、カウンターの向こう側でごそごそと腰を屈めた。


 代わりの鞄とやらを探しているのだろうけれど、陳列されている扇やら壺やら小瓶やら、よく解らないものを見ているだけで何だか不安になってくる。


 怪しさ抜群の店内は、やたらと年季の入った壁や柱が目につき、どこか昭和を彷彿とさせるような内装だった。


 テレビでしか見たことのないようなその雰囲気に物珍しさを感じたあたしは、何となく辺りをぐるりと見まわし、どこか眩暈に似たような感覚を覚えた。


 思わず眼をぱちぱちさせていると、

「ありました!」

 マホさんがひょいっと上半身を起こし、カウンターの上に真っ赤なショルダーバッグをどんっと置く。


「派手、ですね……」


 思わず口にすると、

「一見して派手ですけど、周りの人からはほとんど気にされないという魔法がかけられているんです」


「――は?」


 魔法?


 何言ってんの、この人。


 眉間に皺を寄せつつマホさんに目をやると、彼女は口元に手を当てながら笑みを浮かべ、

「これを作った魔法使いの方は、とにかく赤いバッグを持ち歩きたかったんだそうですよ。なんでも、幸運の色なんだとかで。けれど、周りの人たちからは派手過ぎだ、おかしい、やめておけって言われたらしくって。そこで彼女はどんな服に合わせても気にされなくなる魔法をかけたそうなんです」


 私はその鞄をまじまじと見つめつつ、

「……いや、でもやっぱり派手ですよ」


 どう考えたって通学鞄の代わりにはならないし、こんなものを提げていったら注目の的、先生たちに何を言われるかわかったもんじゃない。


「気のせいです」


「えっ?」


 何だって? と首を傾げる私に、マホさんはにっこりと微笑みながら、

「気のせいです。派手じゃありません」

 はっきりと、言い切った。


「いやいやいや」

 と首を振る私に、マホさんは、

「それに、見ていてください」

 と言って、そのバッグの中へ次から次へと棚に陳列された商品を突っ込んでいく。


 あまりにも次から次へと突っ込んでいくものだから、棚の半分の商品がバッグの中へと吸い込まれるようにして――


「待って! 何でそんなに入るわけ?」


「すごいでしょ?」

 とマホさんは得意げに胸を張って、

「実際の見た目から四倍くらいのものが入るんです、このバッグ」


「え、ちょっと、なに、それ! どんな仕掛けなワケっ?」


 思わず身を乗り出して訊ねる私に、けれどマホさんは小首を傾げながら、

「……さぁ?」

 と短く返事した。


「さぁって――」


 マホさんはそのバッグを矯めつ眇めつしながら、

「不思議なんですよね。完全に物理的なルールを破っているんです。おまけに重さもほとんど感じられません。これを作った魔法使いの方も、どうしてこんな副作用が出てしまったのか、全く判らないらしくって。でも、便利だからそのまま愛用されていたそうです」


 そう説明しながら、バッグに入れたものを出しては陳列棚に戻していった。


 それから彼女は「どうぞ」と言ってあたしの前にそのバッグを差し出し、

「その通学鞄は私が直しておきますので、今日は一日これを使っていてください」


「え、いや、でも――」


 こんな得体の知れないバッグ、本当に使って大丈夫なの?


 不安に思っていると、マホさんは「ぷぷっ」と噴き出すように笑ってから、

「大丈夫ですって! そんなに怖がる必要ありません。ちょっと見た目が派手な便利なバッグって思ってもらえばいいんです」

 はい、と言ってバッグを押し付けてきた。


 あたしは少しだけ悩んでから、渋々その鞄を受け取った。


 満足そうなマホさんに見つめられながら、鞄の中身を入れ替える。


 確かに見た目より多くのものが入ったし、肩にかけてみても全く重さを感じない。


 最初派手過ぎると思った赤いその色も、こうしてみればほとんど気にならなかった。


 これが果たして本当に魔法とやらによるものなのか疑わしいものだけれど、あれだけの教科書やノートが入ってこの程度の軽さしかないのだから、他に説明のしようがなかった。


 それから空になった通学鞄をマホさんに手渡すと、

「それじゃぁ、明日また来てください。その時までには、新品同然に直しておきますから」


 そう言って、マホさんは「いってらっしゃい」と小さくあたしに手を振った。

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