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第1話

   1


 登校中、高校に通う二年ちょっと使い続けていた通学鞄が壊れた。


 いつもとは違う道を通っていた最中、昔からあるらしい、いつ覗いてもお客さんのいない古本屋さんの店先で、目の前から突っ込んできた自転車に鞄を引っかけられて、肩掛け紐が千切れてしまったのだ。


 幸いなことにあたし自身は転びもせず、何とかバランスを保って無事だったのだけれど、相手方は謝ることもなく、そのまま走り去ってしまった。


 ――マジサイアク。


 あたしは地面に転がった鞄を拾い、無残に千切れた紐を見つめる。


 まぁ、だいぶ摩耗して弱くなっていたし、逆にそのおかげでぶつかったときの衝撃が和らいでこけずに済んだのかもしれないけれど。


 だとしたらありがとう、あたしの鞄。


 思いながら、鞄をぎゅっと抱きしめる。


 物には命が宿っている。


 それはあたしのおばあちゃんがいつも言っていた言葉で、本当に命が宿っているかなんてわからないのだけれど、物を大切にする心、すごく素敵だなって思う。


 だから、ありがとう――


 その時だった。


「……大丈夫ですか?」


 すぐそばから声を掛けられて顔を向ければ、そこには髪の長い、若い女の人の姿があった。


 背丈は私と同じくらい、腰にまで届きそうな髪は黒と茶色が混じったような色をしていて、その灰色の瞳は光を反射して、どこか虹色に輝いているように見えた。


 ピンクのブラウスに白いスカートが清楚な印象で可愛らしく、その佇まいはどこか年齢不詳な感じだった。


 彼女はあたしの抱きしめている鞄に気が付くと、

「あらあら、紐が千切れちゃったんですか?」

 と眉間にしわを寄せた。


「あ、はい……」


 答えると、彼女はにっこりと微笑み、「あ、そうだ」と口にしながらパンっと軽く両手を打ち鳴らして、

「代わりと言っては何ですが、良い鞄がありますから、お貸しします!」

 嬉々とした様子で、例の古本屋の引き戸を開けた。


「そ、そんな、大丈夫ですから!」


 その背中にあたしは言ったけれど、彼女は、

「まぁまぁ、遠慮しないで! こっちですよ!」

 ふんふん鼻歌を歌いながら、あたしの腕を引っ張った。







 その中庭の光景に、あたしは思わず目を丸くした。


 そこには綺麗なバラが咲き乱れており、朝日に照らされてキラキラと美しく輝いていたからだ。


 よく手入れされた中庭の隅には小さな四阿。あそこでゆっくりお茶なんてできたら、どんなに素敵だろうか。


 そして舗装された小さな道が庭の奥へと続いており、強引な彼女の手によって、あたしはバラの中を誘われる。


 やがて見えてきたのは、これもまたいかにも古めかしい感じの日本家屋で、その軒先には『魔法百貨堂』という看板がかかっていた。


 ……魔法百貨堂?


 なんて怪しい店名だろうか。


 もしかして、占い屋さんか何かかな?


 そう言われてみれば、彼女にはどこかそんな雰囲気があった。


 けど、もしかしたら最悪、変なものを売りつけられたりするかもしれない。


 それこそ、幸運を招く不思議な鞄だとか……?


 途端に不安を覚えたあたしは、店のすぐ前まできたところで彼女の手を振り払い、なるべく大きな声で、

「や、やっぱり大丈夫ですから、あたし、もう行きます!」

 言って背を向けようとしたところで、ガラリとお店の引き戸が開いた。


 彼女が開けたんじゃない。誰かが店の中から戸を開けたのだ。


 まさか、この人の仲間?


 思わず身構えると、中から出てきたのは、あたしと同い年くらいの少年で。


「……マホねぇ、何してんの? その人、困ってるでしょ?」


 彼は呆れたように、そう口にした。


 少年はあたしが通っている高校の制服を身にまとっており、同じ通学鞄を提げている。


 そんな少年に、彼女――マホさんは唇を尖らせながら、

「えー? そんなことないですよ。ただ遠慮してるだけですぅー。ねぇ?」

 そんな満面の笑みで言われてもって感じだった。


 マホねぇ、と呼ばれるくらいだから、たぶん、この男の子のお姉さんなのだろう。


 そう言われてみれば、確かにふたりの顔はよく似ている。


 どこか中性的な印象の少年は、小さくため息を吐くと、

「まぁ、その人も登校中みたいだから、遅刻にはならないようにしてあげてよ?」


「わかってますって! 大丈夫ですよ、カケルくん!」


 胸を張って答えるマホさんに、少年――カケルくんは「どうだか」と口元に笑みを浮かべて、

「じゃぁ、僕は行くね」


「ちゃんとお弁当は持ちましたか?」


「今日は大丈夫。じゃぁ、いってきます」


「はい、いってらっしゃい!」


 マホさんに見送られながら、カケルくんはあたしに小さく会釈して、古本屋さんの方へと姿を消した。


 それを見届けてから、マホさんは笑顔のままで、

「さぁ、どうぞ!」

 と開きっぱなしの戸の中へとあたしを招き入れる。


「えぇっ? あ、ちょっと! いいって言ってるでしょっ!」


 強引に引っ張られながらお店の中に入ると、すぐ目の前には古めかしい感じのカウンター、その向こう側には、怪しげな商品が陳列された棚が左右に広がっていて。


 マホさんはあたしの目の前でくるりと軽やかに一回転して見せると、

「ようこそ! 魔法百貨堂へ!」

 楽しそうに、にっこりと微笑んだ。

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