7
数メートル先を歩く、先輩たち女子三人組。
その中にいる件の先輩にいつどうやって話しかけるか、俺はそればかりを考えていた。
今の俺の姿は明らかに挙動の怪しい不審者で、制服を着ているからこそ、まだ「下校中なんです」と言い訳すれば許されるだろうレベルだった。
次第に他の生徒たちの姿もまばらになるなか、彼女たちは街中の方へと足を向ける。
このまま同じ距離を保ち続けているのもあまりに怪しいので、俺はその三人からさらに距離をあけ、けれど見失わないように注意しながら歩みを進めた。
ここからではいったい何を話しているのか判らなかったけれど、先輩の姿を見ているだけで胸がどきどきして止まらなかった。
――何してんだ、俺。こんなストーカーみたいなことしてないで、早く帰ろうぜ。
冷静にそう突っ込みを入れる自分と、
……何してんだよ、意気地なし。さっさと話しかけろよ、簡単だろ。
背中を蹴り飛ばしそうな勢いでせっつく、もう一人の自分がそこにはいた。
そんなせめぎあいのなか、どっちつかずな俺は、ただ黙々と先輩たちのあとを追い続ける。
もはや他に同じ学校の生徒の姿はなく、先を行く先輩たちと、離れてそのあとを追う俺だけが、街中の喧騒の中を歩き続けていた。
逆に人の多い街中はさほど距離を開けておく必要がなく、先輩たちと俺の間の距離は徐々に徐々に縮まっていった。
とはいえ、やっぱりどう話しかければいいのかなんて全く思い浮かばなくて、俺はただストーカーの如く、彼女らの後ろを少しだけ離れて歩き続けることしかできなかった。
やがて彼女らはアーケードの商店街に差し掛かり、しばらく行った先のハンバーガーショップに入っていった。
俺は外から中の様子をちらちらと伺いつつ、先輩たちがハンバーガーを注文して席に着くのを確認してから、同じように店に入ってコーラを注文。
先輩たちに気づかれないように移動して、けれど彼女らの声がギリギリ届くくらいの位置の、一人用の席に腰を下ろした。
先輩たちは誰々の彼氏が何々とか、先日観た映画がサイアクだったとか、どこどこの店にある何とか言うブランドの服がイイだとか。
或いは国語の髙田の頭がヤバいだ、同じクラスの誰々が何だのと盛り上がって――
けれど、その中に混じる先輩の笑い声はどこか作ったような、冷ややかなものを俺は感じていた。
それが少しだけ気になって、俺は席と席の間のわずかな隙間から、彼女たちの様子を盗み見る。
すると先輩は残る二人が馬鹿笑いするなか、一人スマホをいじりながらそれに合わせるように笑い声を上げつつ、どこかつまらなそうな表情をしているのが見えたのだった。
――なんだろう、あの表情は。
確かに笑ってはいるのだけれど、俺が朝に見た先輩の笑顔とは全然違って、そこには一切の感情が失われているかのようだった。
……気のせいだろうか。俺が勝手にそう思っているから、そんなふうに見えるだけで。
けれど、どんなに先輩の表情を窺っても、やはりそこにはどこか影が落ちていて。
その時だった。
先輩が不意に顔を上げたかと思うと、俺の視線と交わったのだ。
「あっ」
俺は思わず口にして、慌てて顔をそらした。
気づかれた? 怪しまれた?
どうしよう、どうしよう……!
とにかく、さっさとここから出よう。
うん、それがいい!
思い、席から立ち上がったところで、
「――キミ!」
先輩の声が、俺の耳に届いてきたのだ。
見れば、先輩が怒り顔で手招きしている。
「こっち、こっち!」
「え、あ。はい……」
俺は観念して、先輩の方へと歩み寄って、
「――もう! 遅いじゃん!」
「……えっ?」
思わず目が点になった。
なに、それ、どういうこと?
意味が解らなかった。
遅かった? 何が? 俺が?
「へぇ、この子がアヤナのカレシ?」
「意外――でもないか。アヤナ、根が真面目だもんねぇ」
そのどこか棘のある言葉に、けれど先輩は「ひどいなぁ」と笑顔で口にして、
「ま、そういうワケで今からデートだから、ごめんね!」
「ハイハイ、わかった、わかった」
「んじゃまぁ、また明日学校でねー」
ひらひらと手を振る二人の女子を尻目に、先輩は俺の左腕に両手を回すと、
「――早く行こ!」
「え? あ、はい……?」
俺を引っ張るようにして、足早に店の外へと向かうのだった。