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第6話

   5


 茜さんが去ってから、俺はしばらくして学校へ向けて歩き始めた。


 このまま一日学校をサボることなんてできなくて、何か適当に遅刻の理由をつけて途中からでも授業に参加しようと思ったのだ。


 道すがら、俺は茜さんの見せてくれた魔法とやらについて改めて考えてみた。


 魔法なんてどう考えたって眉唾だったし、そんなものが現実に存在するだなんてどうしても思えない。


 何かのトリックに違いない、そうに決まっている。


 茜さんは魔法だと言い張っていたけれど、手品以外の何物にも俺には思えなかった。


 とすると、あのバラはどうやって、どこから出したんだろうか。


 どう見たって本物だったけど――そう言えば、あのバラでいったいどうやって空中に文字を書いたんだろうか。


 虹色に煌めく文字は、茜さんが吹き消すまで確かに空中に浮かんでいたけれど、あれもいったい――?


 ……すべてが謎だった。


 本当に、あの人は何者なんだろうか。


 魔法使い――魔女――そう言っていたけれど、本当のところは――?


 けれど、どんなに頭を捻ってみても、答えなんて全く浮かんでこなくて。


 そうこうしているうちに、俺はいつの間にか、学校の校門前まで辿り着いていた。


 しかし、当然の如く門はとっくに閉まっていて、遅刻したことのない俺はいったいどこから入ればいいのかと、思わず途方に暮れてしまった。


 ふと脇を見れば通用口があって、『御用の方はインターホンを鳴らしてください』と小さな看板が取り付けられている。


 今まで気にしたこともなかったけれど、このボタンを押せばいいんだろうか?


 そう思いながら、指を伸ばしたところで、

「――何してんの、そっちじゃないよ」

 突然後ろから声がして、俺は驚きのあまり「わっ」と声を出して飛び上がった。


 慌てて振り向けば、そこには俺と同じ高校の制服を着た一人の女子の姿があった。


 茶色がかった髪を後ろで小さく束ね、肩には学校指定の通学鞄とは違う、大き目の赤いショルダーバッグを提げていた。


 うっすらと化粧の施されたその顔は、幼さの中にも大人っぽい雰囲気を秘めていて――


「こっちにおいでよ。案内してあげる」


「え、えぇっ?」

 戸惑う俺に、彼女は、

「いいから、早く!」

 俺の腕を引っ張って、校門から続くフェンス沿いを、足早に歩き始めたのだった。







 しばらくフェンス沿いを歩き続けて学校の裏手側に回ると、そこにはもう一つ小さな門があって、そちらの方は開けっ放しになっていた。


 幅は車が一台通れるほどで、その先には先生たちの停めた車が整然と並んでいる。どうやら教員用の駐車場らしい。入学以来一年以上この学校に通っているけれど、思えばこっち側に来たことは今まで一度もなかった。


「こっち側、朝から夜までずっと開けっ放しなんだよね。ちょっと不用心でしょ?」


 そう言って笑いながら、彼女は俺の腕をやっと離して、

「君、一年生?」


「あ、いや、二年生です」

「じゃぁ、一つ下か」

「はい」

「今まで遅刻とかしたことないんだ?」

「えぇ、まぁ」

「ふうん、優秀じゃん!」


 あははっと笑いながら、彼女は俺の肩をポンポン叩いた。


 その笑顔があまりにも眩しくて、可愛くて――俺は見惚れるあまり、何も答えられなかった。


「まぁ、教室に入ったら適当に理由つけなよ。お腹痛くてトイレにこもってました、とかさ」


「……あ、はい。ありがとうございます」


「いいの、いいの! じゃぁ、あたし、行くね!」


 そう言って彼女は大きく手を振りながら、校舎に向かって走り去っていったのだった。






 彼女――見知らぬ先輩に言われた通り、俺はトイレにこもっていてどうしようもなかったのだ、と先生に弁解して一応の許しを得られた。


 もとより遅刻なんてしたことがなかったのと、今まで問題らしい問題を起こしたことがなかったおかげだろう。


 席に着くと、前の席の翔が、

「お腹、もう大丈夫なのか?」

 と心配そうに訊ねてきた。


 けれど本当の理由なんて言えるはずもなくて、

「――うん、まぁ、もう落ち着いてる」

 そう答えて、俺は小さく笑って見せた。


 翔は「そう」と小さく口にして、再び前を向いてノートを取り始める。


 俺はそんな翔の後ろ頭を眺めながら、けれど意識の方はさっきの先輩に向けられていた。


 あの先輩はいったい、どこのクラスの誰なんだろうか。


 名前くらい、訊いておけばよかったなぁ――


 同じ学校の中なんだし、またどこかで会えるかな?


 もう一度改めてお礼も言いたいし、休憩時間にでも探してみようか……


 そんなことをぼんやり考えていると、

「おい、どうしたヒロタカ。教科書は? 忘れたのか?」

 不意に真横から声がして見上げると、そこにはいつの間にか先生が立っていて、

「……え?」

 ふと机に目を向ければ、教科書はおろか、ノートや筆箱すら俺は出していなかった。


 先輩のことを考えるあまり、何も授業の準備をしていなかったのだ。


「おいおい、大丈夫か? まだ腹が痛いんじゃないか?」

 嘲り笑う先生に、俺は鞄から教科書を取り出しながら、

「どうも、すみません……」


 取り繕うように、小さく笑った。

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