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第5話

「……ふうん。なるほど」

 アカネさんは口元に手を当てて、思案するようなしぐさで口にした。

「わかるよ、その気持ち。私も高校生の頃は、繰り返される毎日に嫌気がさしてたから」


「アカネさんも?」


 うん、とアカネさんは頷いて、

「私もさ、この仕事を知るまでは毎日がつまらなくてつまらなくてたまらなかったんだ。何とか明るくふるまって楽しい一日にしようって頑張ってはいたんだけど、将来の夢とか希望とかいろいろ不安で、そんなものも持てなくてさ――だったら、別にいつ死んでもいいかなって考えてたんだよねぇ」


「死――えぇっ?」


 さすがの俺も、そこまでは考えたことがなかった。


 けど、思えば確かにそうだ。


 将来の夢とか、希望とか、あまりに漠然としているし、何にも見えない。


 数年先の未来の自分すら想像できなくて、そこにはただぼんやりとした不安だけがあった。


「まぁ、今から思えば当時の私って尖ってたかもね。つまらない毎日を何とかして楽しい一日にしようとして、空回りばかりしてさ。周りに迷惑を掛けたりとかもしてたなぁ。そんな時に、私は『彼』を通してコレを知って、人生が変わった」


「……コレ?」


「見ててね」

 そう言って、アカネさんは袖のボタンを外して軽く腕まくりすると、

「種も仕掛けもありません。ところがこの手をくるっと一回転させると」

 ポンッと一輪のバラが現れたのである。


 その真っ赤なバラは今しがた切られたように瑞々しく、けれど辺りを見回してもどこにもバラなんて咲いてはいなくて。


「て、手品ですか?」

 思わず口にすると、アカネさんはふふっと声を漏らして笑い、

「ううん。魔法だよ」

 その手にしたバラを鉛筆か何かのように持つと、今度は空中にさらさらと文字を書いていく。


 いったいどういう仕掛けなのか、空中に浮かんだのは『那由多茜』という漢字だった。


 キラキラと虹色に光るその文字は、茜さんがふっと息を吹きかけた瞬間、風に乗ってさらさらと消えていったのだった。


「――ね? 凄いでしょ?」

 自慢げに口にする茜さんを、俺はしげしげと見つめながら、

「あ、茜さん、いったい何者なんですか? あれは、いったい――」


「だから言ってるでしょ? 魔法だよ、魔法」

「ま、魔法?」


 そんな、そんなもの、この世にあるはずがない。

 きっと今のは何かの手品で、どこかに仕掛けがあるはずだ。


 けれど、茜さんの手元にはそんな仕掛けを施せそうなところなんてどこにもなかった。


「私、魔法使いなんだ。いわゆる魔女ってやつ。魔法のお店――魔法百貨堂で働いてるの」


「ま、魔法、百貨堂……?」


 訳が解らなかった。


 魔法? 本当に? 手品なんかじゃなくて?

 嘘だろ? そんな非科学的なもの、あるはずが――


 茜さんは狐に抓まれたような顔をしてしまっている俺を見て楽しそうに笑いつつ、

「この世にはさ、君の知らない世界がまだまだ無限に広がってるんだよ。それは世界のあちらこちらに転がってて、いつでも君が見つけてくれるのを待っている。私はそう思うんだ」


「……」


 俺はどう答えたらいいのか解らず、茜さんの顔をただ見つめることしかできない。


「それにね」

 と茜さんはそんな俺の肩に手を添えながら、

「焦らなくても、大丈夫だよ」


「えっ?」


「焦らず、前向きに待っていれば、いつかあっちの方からきてくれるかもしれないでしょ?」


「……はぁ?」


 言っていることの意味を理解しかねて、俺は小さく首を傾げる。


「まぁ、そのうちわかるよ、きっとね」

 茜さんは立ち上がり、両腕を伸ばして大きく伸びをすると、

「じゃぁ、私は行くね」

 言って手を振り、背を向ける。


 それから数歩進んだところで、

「あ、そうだ」

 何かを思い出したように口にすると、俺の所まで戻ってきて、すっと目の前に小さな紙きれを差し出してきた。


 俺はその名刺を受け取ると矯めつ眇めつしつつ、

「これは?」


 それはどうやら名刺のようで、表には『魔法百貨堂』という文字だけが印字されていた。


 裏側を見ても何も書いてなくて、住所はおろか電話番号すら見当たらない。


「見ての通り、うちのお店の名刺だよ。それをもって歩いてたら、その名刺がうちまで連れて行ってくれるから。何かあったら、うちにおいで。魔法で何とかしてあげる」


 じゃね、と改めて手を振ると、茜さんは俺を置いて、スタスタと歩いて行ってしまったのだった。

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