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翔と弁当を交換して蓋を開くと、そこには焦げた卵焼きやボソボソになった焼き魚、何だかよく解らない茶色い物体と見たこともない野菜、そして海苔で人の顔?みたいなものを表したのであろう白米が詰め込まれていた。
愛情こそ感じられるが、見た目で言えばさほど美味そうには見えない。
思わずまじまじと弁当の中身を見つめていると、
「――真帆ねぇ、料理が苦手なんだ」
翔が笑みを零しながら口にした。
それからすっと弁当を入れ替え、何事もなかったかのように箸をつけた。
俺は自分の親が作ってくれた弁当を口にしながら、淡々と食べ続ける翔の姿を眺める。
よくよく見れば、翔の顔は真帆さんとよく似ていた。
親戚だから、というのもあるのだろうが、その整った顔立ちは髪を伸ばせば女性に見えなくもない容姿をしている。
中性的、とでも言えばよいのだろうか。女性受けしそうな雰囲気だな、と何となく思った。
「……なに? そんなじろじろ見られてたら、食べにくいじゃないか」
「あ、あぁ、悪い」
俺は慌てて翔から顔を戻し、弁当を口いっぱいにかきこんだ。
放課後。
部活動なんて一切縁のない俺たち(翔は家の手伝い、俺は最初から部活動になんて興味がなかった)が帰宅の準備をしていると。
「――堂河内くん」
廊下から教室を覗き込むように、小野寺先輩がやってきた。
肩まで伸びた黒い髪に、ぱっちりとした大きめの瞳。口元には笑みを湛え、通学鞄を片手にしたその姿は、どこからどう見ても彼氏を迎えに来た彼女そのものだった。
翔はそんな小野寺先輩に、
「先輩」
と小さく口にする。
それから俺に顔を向けて、
「じゃぁ、帰ろうか」
「あぁ」
俺は頷いたけれど、内心では俺が一緒じゃない方が良いんじゃないか、と思ったりもしていた。
どう考えたって俺はお邪魔虫って感じだし、二人はいつも本や映画の話で盛り上がっているが、俺はそんなのにも大して興味がないからどうにも話についていけない。
どうかすると二人の横や後ろをくっついて歩きながら、最後まで一言も口を開かない、なんてこともあるくらいだ。
しょっちゅう三人で一緒に帰っているが、何とも息の詰まる時間だった。
いっそのこと空気を読んで二人だけ先に帰らせればいいのだろうけれど、たぶんそれをしないのは、翔に対する羨ましさと妬ましさによるものなんだろう。
絶対に二人きりになんてさせてやらねぇ!
そんな意地悪い自分の心に、正直嫌気がさす。
今日も今日とて二人の後ろをとぼとぼと歩く俺の、なんと寂しいことか。
目の前では二人が小説談議に花を咲かせているが、俺には何が面白いのかさっぱりだった。
そんな俺に気を使ったのだろう、小野寺先輩は不意に俺に振り向くと、
「ヒロタカくんは? 何か好きな漫画とかある?」
と笑顔でそう訊ねてきた。
「え? いや、俺は」
何と答えてよいか一瞬困り、何か面白い漫画があっただろうか、と思いを巡らせたところで、
「――そう言えばヒロタカ、アレが面白いって言ってなかった?」
「アレ……?」
何だろう、俺。何を面白いって言ってたっけ?
「3月のライオン」
「あ、あぁ、あの将棋漫画……」
そう言えば、一時期ハマっていたことがあったっけ。
将棋に情熱を注ぐ登場人物たちのその姿を羨ましく思いながら。
「面白いよね、あの漫画。私も全巻持ってるよ!」
にっこりと微笑む小野寺先輩に、俺は内心どきりとしつつ、
「あ、そ、そうなんすか」
「別の人が描いてるんだけど、外伝もあって。ヒロタカくんは読んだ?」
「あぁ、はい、一応……」
ちらりと翔の方に視線をやると、翔も小野寺先輩と同じような笑顔を俺に向けて。
――何故だかその笑顔が、俺の心に深く刺さった。