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朝、眼を覚ますといつも同じ天井がある。
見慣れたその天井に心のどこかで辟易しながら俺は重たい上半身を何とか起こし、大きく欠伸をしながら両腕を上にあげ、呻き声を漏らした。
深い深いため息をひとつ吐き、そのままダイニングへと向かう。
両親に軽く朝の挨拶をしてから席に着くと、テレビでは俺と同い年の、高校生で小説家デビューを果たしたという少年のニュースをやっていた。
如何にも頭の良さそうな、けれどどこか浮世離れしたようなその姿を見ていると、やはり持って生まれたものはどうしようもないよな、と諦めにも似た気持ちになった。
これと言って何か特別なことをやっているわけではない親父を見て、次いで母親に目を向ける。
特に親父は趣味らしい趣味もなく、休みの日には日がな一日寝そべってテレビを見ているだけのような人間なので、昔からどうにもつまらない奴だと思っていた。
母は母で家庭菜園やら手芸やら、色々手を出してみてはいるようだけれども浅く広く過ぎて得意分野というものがないらしく、そこそこの作品を作っては自己満足して次の趣味へ移る。
そんな両親に育てられた所為か、俺も得意分野なんて一つもなくて、かといって何か入れ込んでやろうって気にもならなくて。
にもかかわらず、こうして同い年の奴らが何がしかを成している姿を見ると、心のどこかで焦りを覚えた。
何にもない自分と、特別な何かを持っているそいつら。
俺は深い深いため息をもう一度吐いて、食パンに噛り付いた。
いつものようにふらふらと歩く通学路。
周囲は俺と同じく登校中の学生や出勤中の大人たちで溢れていて、こんな一見して何の変哲もない人たちの中にも、朝見た小説家の少年みたいなすごい奴らが居るんだろうなぁ、なんてことを思っていた。
そんな中、俺は少し先を歩くクラスメイトの姿を発見して、小走りにそいつに声を掛けた。
「――よう、おはよう、カケル」
「んん? あぁ、ヒロタカ。おはよう」
振り返ったカケルの、どこか女のような整った顔立ちが笑顔を向けてくる。
――堂河内翔。
高校入学を機に、山奥のド田舎から親戚の家に居候することになったという、あまりパッとしない感じの男。
俺はそんな翔に、どこかシンパシーを感じていた。
「……今日も本読みながら歩いていたのか? いつかコケるぞ、お前」
文庫本を片手に読み歩くその姿に、俺は何度目かの忠告を口にする。
翔はそれに対して、開いていた文庫を閉じながら、
「うん、まぁ。一応注意はしてるんだけど」
「見ててハラハラするぞ、俺は」
「そう?」
「あぁ」
そうか、と口にして翔は一度立ち止まり、本を通学鞄に戻すと俺と並んで歩きだした。
しばらく俺たちは昨日見たテレビやら何やらと適当な話をしていたが、
「そう言えば、小野寺先輩は? 一緒じゃないの?」
と不意に気になって俺は訊ねた。
小野寺先輩とは、翔と仲の良い一つ上の女子で、確か名前を沙也加というんじゃなかっただろうか。
あまりにも仲が良く、登校中や下校中によく一緒に居るのを見かけるのだが、今日はその姿が見えなかった。
「さぁ、別にいつも一緒って訳じゃないし」
「いいよなぁ、小野寺先輩。可愛いし、優しいし。俺もあんな彼女が欲しいよ」
「じゃぁ、小野寺先輩に告白してみたら?」
思わぬことをあっさり言ってのける翔に、俺は目を丸くしながら、
「いやいやいや、駄目だろそれは」
「なんで?」
「だって、お前ら付き合ってんだろ?」
その途端、翔は耳を赤くしながら、
「えぇっ? ち、違うって」
「違わないだろ。だってよく本の貸し借りしてるし、映画だって一緒に観に行ってんだろ?」
「――そ、それは、まぁ、そうだけど」
「ほら、やっぱ付き合ってんじゃん」
「だから、なんでそうなるんだよ……!」
どこか焦るような表情の、その面白さに俺は思わず笑みをこぼしつつ、
「あーあ! ほんっと良いよなぁ! 俺も彼女ほしい!」
声高に叫んだのだった。