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第5話「リデルの潜伏と関所の建設」

翌朝。

宿屋で一晩を明かした正太郎は、前回同様に飯屋でコーヒーとサンドイッチのセットを注文した。領主一家に厚遇されて以来、久しぶりに独りの食卓を満喫した。正太郎は、やはりゲームの世界は楽勝だ、チョロい、人間が駄目になると思った。思い通り過ぎる。このまま腐敗したダメ人間になるのではないかと。


「なんにせよゲームを正規のシナリオ通りに進めて行かなければならない。勇者レモンハートが脱獄するインフェルノ監獄襲撃までの間にやるべきことがわからない」


正太郎は最初にじっくり考えるのが苦手だった。また正太郎は現実世界に戻る条件を詳細に聞けていなかった。魔王トワイライトジェネシス撃破かもしれないし、教皇スィスィデ打倒かもしれないし、そんな事を言えば「誰かと結婚」かもしれないわけだ。


「俺、どうしたらいいんだろう?」


正太郎が悩んでいると店員のリリアが歩み寄って来た。


「ショウタロウさん!領主一家の側近のショウタロウさん!キマジメ様が領主になられましたね!」


リリアは明るかった。帝国の兵士とは、帝王直轄の帝国軍以外にも教皇直轄の教皇軍、それからキマジメのような各地の諸侯が雇った私兵(キマジメは警備兵と呼んでいる)など様々だ。一口に兵隊と言っても管轄が異なる。正太郎は帝国軍でも教皇軍でもなく、帝国の傘下にいるキマジメの私兵で側近だ。


リリアが新聞を読み上げていると、


店の扉が、


ガランッ…!


と開いて人が入って来た。


「腹減った!コーヒーとサンドイッチのセットを一つくれ!」


男が正太郎と同じ物を注文すると、スタスタと奥の座席に向かって歩き出した。


男はフード付きの防寒具のような灰色の装束に口元をマフラーで隠していた。


覗き込まないと顔がよく分からないが…


正太郎は、


「あっ…」


と思わず声を上げた。


男がギョロッと正太郎を一瞥すると、


「なんだてめぇ!俺様に向かって『あ』とは何事だ!」


と吠えた。


正太郎は「間違いない」と思った。


正太郎が凛とした目で男をジッと見ていると、


「…チッ!」


と舌打ちして奥の座席に向けて再度歩き出した。


正太郎は、通り過ぎて行ったのを見計らって、リリアに小声で、


「…リリアはあの人を知らないのか?」


と聞いた。


リリアは、


「はい!はじめてのお客さんですね!強そうな御方です!ちょっと怖いかも!」


と言った。


正太郎は、どうしようか悩んでいた。


男の名はリデル。


革命軍三番隊隊長だ。


なぜイグラードベリーに単身でやって来たのか。リデルのステータスは思い出せないが、槍の使い手で武力が高かったはず。


その後、リリアが、コーヒーとサンドイッチのセットを持って厨房から出て来た。


正太郎は、

「俺が運んでってあげる。奥の人のでしょ?」

と言うと、リリアはこれ幸いと正太郎に食器を預けた。


「ちょっと怖かったので助かります!」


正太郎は、リデルのテーブルまで行くと、


「はじめまして!革命軍の三番隊隊長がイグラードベリーに何の御用ですか?」


と尋ねた。そして静かにリデルの朝食をテーブルに置いた。


リデルは、


「…!?」


と驚いた顔をした。


正太郎は、


「革命軍三番隊隊長のリデルさんですよね?」


と言う。


リデルは、ガタッと席を立つと、


「先に名乗りやがったな!てめぇ!」


と言い、正太郎の胸ぐらを掴んだ。


睨みつけるリデルに全く動じない正太郎。


現実世界の大学生のままであれば恐ろしく感じられるであろう武装したリデルに、不思議と恐怖心が湧かなかった。


しばらく睨みつけていたリデルは、全く無抵抗の正太郎に、


「…やらねぇ…やらねぇ奴とはやらねぇ…なんだ…なんの用だ」


と言って、また席に座った。


リデルは喧嘩っ早いがプライドが高く、やる気の無い相手とはやらない性分だった。「俺の戦いは処刑でも復讐でもない」がモットーだった。


「申し遅れました。領主・キマジメの側近の正太郎です」


「あぁ…私兵か…」


リデルはポケットから金貨を数枚取り出して、


「ほら…賄賂だ…」


と言って正太郎を懐柔した。


「…私兵とは賄賂で済ませろって『兄貴』から言われている。無暗に暴れるなってキツく言われているんだ。お前、やる気もねぇみたいだし…」


「…ちょっとまて警備兵に賄賂を贈っているのか?」


「そうだ…」


「…何が望みだ?」


「ポインヨタウンに侵攻する際、援軍が来ないように工作している…お前『側近』って言ったな…新領主・キマジメを上手く説得してくれないか。『兄貴』はイグラードベリーとは話し合いで決着をつけるつもりだ」


「あれ?領主がキマジメ様になった事を知っているのか?」


「だから来た。ポインヨタウン攻略の為の工作に来た。まずはキマジメの私兵を手懐ける。それをテコにイグラードベリーの帝国軍の兵隊や教皇軍の兵隊もジワジワと手懐けて、誰もポインヨタウンを助けないように画策する」


「イグラードベリーには攻め込まないのか?」


「知らねぇよ!『兄貴』が話し合うって言ってるから従ってるだけだ!帝国の傘下なんて全部蹴散らしちまえばいいのによ!」


リデルが言っている「兄貴」とは革命軍一番隊隊長のラプラスの事だ。ラプラスは剣豪だが知略家で、恐らく後のイグラードベリー攻略の布石も兼ねて三番隊隊長リデルを送り込んでいると正太郎は思った。兵隊を金貨で手懐けてポインヨタウン攻略の後は、イグラードベリーにも進軍して攻略する可能性が疑わしかった。


正規のシナリオ通りならイグラードベリーは領主・キマジメが守り抜くはずだが。間違いが起きないとも言い切れない。いまリデルがしている工作は、ラプラスの頭の中ではイグラードベリー攻略を見据えているのではないか。そもそも現実世界に戻るには正規のシナリオ通りに進展させるべきだろうか、それもわからない。


ただ正太郎はゲームの世界といえば、不意にレースゲームを思い出したのだった。中学の頃に友達と遊んだレースゲームを。派手にコースアウトすると、適当な場所でリスタートになるレースゲーム。やはり正規のシナリオ通りに進めるのが一番無難なのではないかと、全く根拠にならないがふとそう思ったのだ。


革命軍にはインフェルノ監獄を襲撃して貰い、勇者レモンハートの脱獄を手助けして貰わないと正規のシナリオが進まない。もしかするとポインヨタウンは革命軍の支配下である必要があるのか。


正太郎は思い切って、


「インフェルノ監獄襲撃を手伝ってやろうか?」


と言った。


リデルは、突然の申し出に愕然として、


「あぁ?!何を言い出すんだお前!何を知ってやがるんだ!!!」


と叫んだ。


「インフェルノ監獄襲撃を手伝ってやるからイグラードベリー攻略は諦めろとラプラスに伝えてくれないか?」




ガターンッ!




リデルは激昂して立ち上がった。


「てめぇ!生かしておけねぇ!武器を取れ!戦え!」


「…嫌だ」


「てめぇ!生かしておけねぇ!武器を取れ!戦え!」


「…嫌だってば」


「てめぇ!生かしておけねぇ!武器を取れ!戦え!」


「…嫌だって言ってるでしょ」




店の扉が、


ガランッ…!


と開いて人が入って来た。



「リデル様…!お逃げください…!リデル様の潜伏がバレてしまいました…!」



いま正太郎によって暴かれた件でリデルと一緒に潜伏していた手下が店内に入って来た。


「チッ…!覚えていろ…!ショウタロウ…!」


正太郎は「なるほどな」と思った。正太郎の手で人為的に条件を満たすと必要な展開が起きるようになっているのだ。昨晩キマジメが新領主になった途端に革命軍三番隊隊長リデルが潜伏に来て、潜伏がバレた途端に手下が迎えに来た。


インフェルノ監獄襲撃は条件を満たせば実現するのだが、その際、ポインヨタウンが革命軍の支配地域で、イグラードベリーが帝国の支配地域(つまりキマジメの領地)である必要があると思われた。それがゲームの設定通りだからだ。


正太郎は、領主屋敷に戻ると、キマジメに全てを報告した。


キマジメは、

「朝からお勤めご苦労様。ポインヨタウンの市長に手紙を書きます。革命軍が攻めて来る前にポインヨタウンの人をイグラードベリーに退避させます。そしてポインヨタウンとイグラードベリーまでの30キロメートルの道中に関所を数箇所建設します」

と言った。


「ショウタロウは、ポインヨタウンの市長に手紙を届けて、ついでに市長の身辺警護をお願いします」


ショウタロウは、関所の建設が終わるまでの間、ポインヨタウンで市長の身辺警護をする事になった。ポインヨタウンの市長はショウタロウを歓迎し、街の人に退避勧告をした。

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