目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第4話「キマジメ様は生真面目」

翌朝。

正太郎は、現実世界に戻ったら資格を取ろうと思った。やはりゲームの世界で安穏と暮らしていても仕方が無い。将来は銀行の取締役になりたい。それくらい偉くて金持ちになりたいと思った。それは現実世界から異世界に飛ばされる直前に思っていた事だが、異世界で寝泊りしてより一層そう思ったのだ。これじゃニートと変わらない。正太郎はアルバイトを始めて以来ニートを思い切り馬鹿にしていた。


「早く現実世界に帰らないと…」


しかし現実世界に戻る条件を何も聴かされていなかった。異世界で何を成し遂げれば現実世界に戻れるのか。それとも、もう一生ゲームの世界の住人なのか。確か「ゲームで遊ぶ人の気持ちを学ぶ」という趣旨で異世界に飛ばされたはずだが…。


正太郎は宿屋をチェックアウトすると、すぐそこの飯屋に行った。異世界に飛ばされて以来、空腹に襲われる事は無いが、あまりにも食事をしないとストレスが溜まる。正太郎は飯屋でコーヒーとサンドイッチのセットを注文した。サンドイッチはカードゲームを嗜む貴族が、遊びながら軽食を取るために発明されたメニューだと聞いた事がある。都市イグラードベリーは日本の秋のような気候だった。窓から太陽の光が零れて、それはそれで充実した朝食だった。


「はじめまして、私はカフェ店員のリリアです。はじめてのお客様はとても美しい御顔ですね」


店員のリリアという女の子が話しかけて来た。正太郎は、この異世界では超絶技巧超イケメンに転生していた。年頃の女の子からも気さくに話しかけて貰えるのだった。正太郎は、革命軍の動向について知りたかったが、一昨日の晩ポインヨタウンの人に尋ねたら逃げられてしまった。「革命軍」という文言はどんな反応をされるかわからないなと思った。


「店員さん。何かニュースはありませんか?僕がいた街には新聞と呼ばれる読み物があって、読めば世界の動向がわかるのですが…」


店員の女の子は笑って、


「新聞ならこの街にもありますよ!…革命軍の支配地域が広がっています。都市イグラードベリーの領主・ホスウ様は…」


と最新のニュースを説明してくれた。


正太郎は「おかしいな」と思った。都市イグラードベリーの領主はキマジメという名前の若い女の子キャラクターだったはず。ホスウは確か、キマジメの父親の名前だった気が…。


「リリアさん。ホスウ様の娘のキマジメ様は何をしていらっしゃいますか?」


「キマジメ様は帝国学術院を卒業したばかりで、ホスウ様の補佐をしております」


正太郎は、インフェルノ監獄襲撃時点でイグラードベリーの領主であるはずのキマジメが、いつ領主になるのかわからなかった。ただしキマジメのステータスは知っていた…


統率:91/100

武力:63/100

知力:77/100

政治:70/100


武器:槍

魔力:氷



キマジメは、リリース当初は物語に関与しない「革命軍の侵攻を退けて都市イグラードベリーを守り切った女領主」という設定上の強キャラだった。その後の開発で、メインストーリーを終わらせ(教皇になったスィスィデを倒し)て魔王トワイライトジェネシスが復活した後は、勇者軍側でプレイアブルになるようアップデートされた。その際に公式設定されたステータスが上記のものだ。


正太郎は、

「キマジメ様にお会いするにはどうすればいいですか?」

と尋ねた。設定上、革命軍が都市イグラードベリーを支配出来なかった事と、キマジメが領主である事は関連していた。キマジメの父・ホスウが領主のままだと、なんとなく、よくない気がした。


店員のリリアは、

「キマジメ様は領主様の娘。今はホスウ様の補佐官をしながら、警備兵を集めていらっしゃいます。ご応募なさってはいかが?」

と言った。


すると…


正太郎は、

「…わかった」

と言って、コーヒーを、


ゴクリッ…!


と飲み干した。


これから応募方法を街の人に聞いたりすれば良いかなと思った。そして店を出ようかと思い、立ち上がろうとした瞬間だった。


店の扉が、


ガランッ…!


と開いて人が入って来た。


カッカッカッ…!


店内を歩く足音が聞えた。


女性だ。


両脇に護衛がいる若い女性がツカツカと店内を闊歩して、


正太郎の席で立ち止まると、


「よくぞご応募くださいました!私は領主の娘!キマジメ!」


と言った。


確かに実装されたキマジメに顔がそっくりだった。装束も銀色の甲冑でこれは実装されたキマジメのコスチューム(通常)だった。


やはりゲームの世界なのだろう。


「志願兵の方ですね!都市イグラードベリーを守るために立ち上がってくれた!凛々しい御顔の貴方!お名前は?」


「正太郎です…」


「ショウタロウ!都市イグラードベリーを守るために父上の側近になりたまえ!」


すると両脇の護衛が会釈をした。


正太郎は、


「…なんでいきなり側近なんですか?」


と聞いた。


キマジメは、


「手練れの方が必要なのです!」


と答えた。



正太郎が転生した未実装キャラクター「ハートのキング」のステータスとは…


統率:95/100

武力:94/100

知力:80/100

政治:80/100


武器:弓

魔力:光


の予定だった。実装は現実世界の時間軸で再来月だった。正太郎はキマジメより強キャラだった為にキマジメに歓迎されたのだった。


「ショウタロウは装備品が弓だが古の猛将に比類する猛者に違いない!凡人にはわかるまい!」


と太鼓判だった。


正太郎は、屋敷の中で領主・ホスウの側近の仕事をして暮らした。


落ち葉の降る都市イグラードベリーで何一つ不自由のない暮らし。


それから半月程が経った。


「父上!…ショウタロウは古の猛将に比類する猛者に違いありません!」


「キマジメ…私にもわかるぞ…これで革命軍が攻め込んでも大丈夫か…」


来る日も来る日も領主一家に厚遇されて何一つ不自由ない生活をした。


正太郎は「やはりゲームの世界は楽勝過ぎる。何から何まで不自由しない。こんな世界に浸っていては人間が駄目になる」と思った。


だからこそ正太郎はキマジメに説明しなければならない事があった。現実世界に戻る条件がわからないなりに、なるべく正規のゲームクリアを目指していく事が最も順当な帰り道に思えた。


ある夜。


正太郎は「ゲームの世界は話が早いみたいだから」と信じて、キマジメに説明した。


ポインヨタウンが一年以内に陥落して革命軍の手に落ちる。

領主がホスウ様のままでは都市イグラードベリーを防衛しきれないかもしれない。

軍事統率力の高いキマジメ様が領主になって都市を防衛して欲しい。


キマジメは聴くだけ聞くと、


「そ…それはプロポーズなのか…?」


と言った。


正太郎は、


「は?…違います!」


と言う。


キマジメは、


「側近のショウタロウが私を領主にしてどうする気だ!」


と怒り出した。


正太郎が困った顔で黙っていると、キマジメは、


「私と結婚したいならキチンとデートしなさい!」


と言った。


正太郎はこの異世界で超絶技巧超イケメンだった。


「父上には私から説明します!ショウタロウは私とデートなさってください!」


「キマジメ様とデートする為に言っているんじゃないですけど…!」


「私を甘く見るな!…ショウタロウ!」


キマジメは父・ホスウの執務室に走って行くと、


「父上!…ショウタロウは私と結婚するつもりです!父上の跡を継いで領主になれと諭すのです…!」


と言った。


ホスウは、


「私が娘の家来になれという事か…」


と言う。


そしてキマジメの後を追って、遅れてやってきた正太郎に、ホスウは、


「私が娘に仕えるべきだと申されるか?」


と聞いた。


正太郎は、「これはゲームの世界だから」と思い、意を決して、


「…革命軍が迫って来ています。軍事統率力の高い領主が必要です」


と言った。


ホスウは、キマジメを見ると、


「ついにこの日が来た…!我ら親子の義憤を世に知らしめようぞ…!」


と言った。


【キマジメが領主になり、父・ホスウが家来になった…!】


ホスウは、


「結婚は…ちゃんとデートしてからにしてやってくれ…」


と言った。


正太郎は、


「念の為、今晩は街の宿屋で泊まります…明朝屋敷に戻ります…」


と言って、セーブの為に屋敷を出て、この日は宿屋で寝た。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?