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第11話 姫蘭々/キララ

 亜麻色のツインテールを真っ赤なリボンで留め、ゆるいウェーブのかかった毛先には特徴的なピンクのメッシュ。

 大きな双眸な太陽のように眩しく、光を受けた瞳は虹のような輝きを放つ。

 チャンネル登録者数は、高校生ながらゆうに百万人を突破。ネオアカデミアの人気ストリーマー、飛鳥姫蘭々あすかきららは、インターネット上でもクラスメイトからも、キララの名前で親しまれている。

 制服は標準的なブレザーだが、スカートは少し広がりのあるシルエットで、腰回りには鳥をモチーフにした多くのアクセサリーをつけている。彼女のファッション、彼女のガジェットはSNSに一種のブームにもなっており、ゲーム業界のみならず、ファッション誌や芸能界も一目を置いていた。

 学内ではトップアイドルではあるが、ネオアカデミアの生徒としても成績優秀なキララは、学級選抜にも勝ち抜き、本日の学校代表戦にも自信を持っていた。誰も彼もがきっと自分を一番にパートナー指名をしてくるだろうと彼女は踏んでいたし、実際、キララを指名したのはネオアカデミア屈指のトッププレイヤー、五十右いみぎマサキであった。この結果は、キララの自尊心を更に大きなものにしたのだ。

「私もあなたを指名したのよ。これって両想いかしら?」

 若干十七歳でありながら、世の中の女子学生たちの憧れの的であるキララは、毎日の学校生活にもそれなりに満足していた。

「そうか。互いの能力を分析したうえで考えれば、順当な判断だろう。宜しく」

 そして、今日、この瞬間、その気持ちは最高潮に上り詰める――はずだったのだ。

 この、失礼すぎる同級生の態度を見る、その直前までは。

 学内のマドンナからのアプローチに対し、社交辞令的に挨拶を交わしただけ。

 そこからろくに会話もせず、ひたすら端末に視線を落としてぶつぶつと戦略を一人で立てている。五十右いみぎマサキという少年は、鳴り物入りで入って来た編入生とは聞いていたが……彼の態度は、キララとしてはまったくおもしろくないものだ。

 第二試合の朝、パートナー発表をされた際、キララと組めなかった多くの男子生徒たちは肩を落とし、マサキに嫉妬の眼差しを向けていた。そのくらい、自分と組めるというのはだいそれたことなのだ。

 もちろん、キララ同様、マサキもそれなりに学内での人気は高い。マサキと組めなかった女子生徒からもいくぶんか気になる視線をキララも受けたが、彼女を前にすれば皆、首を振って負けを認めざるを得ない。

 要するに、このネオアカデミアの選抜において、マサキとキララという組み合わせは、もはや約束されたコンビなのだ。今回の試合の優勝候補と言っても過言ではない。

 もちろん、だからといってキララたちに優勝が確約されたわけではない。勝負はこれからだと言って、他のペアの生徒たちは、それぞれ個室に入って試合に向けたブリーフィングを始めている。

 そんな空気の中、自分のこのパートナーと来たら何だ。まるでキララのことなど眼中になく、自分ひとりでクリアできるといった態度で、ずっと一人で脳内作戦会議を繰り広げているではないか。

五十右いみぎくん。きみ一人で試合に行くわけじゃないのよ。わかってる?」

「ああ、もちろん。君の性格とスキルをシミュレーションしながら、どういった方針を立てるのが最適か考えていた」

「そう。ぜんっぜんわかってないことがよくわかったわ!」

 たまりかねたキララは、マサキの手元からタブレットを取り上げ、どすんと彼の座るソファのすぐ隣に腰をおろした。

「……怒ってるの?」

「見てわかんない!? いい!? 私たちはコンビなの! そして今はほとんど初対面なの! それならまず最初にやることは、自己紹介でしょうが! ほら、私の目をちゃんと見て! しっかり話をするところから始めましょ!」

「…………そういうの、得意じゃなくて」

「苦手なことだからって逃げるんじゃないわよ! あんたゲーマーでしょ!? そんなんでよくこの業界でやっていこうと思ってるわね!?」

 ずいずいと極端に距離を詰められて、半身を引きながらマサキは「わかった、わかったよ」と言い、キララの方針に従う態度を見せる。

 マサキとしては、互いの能力などプロファイル上である程度把握できているのだから、余分なコミュニケーションなど不要と考えていたが、どうやらキララはまったく思考が違うようだ。

「よろしい。それじゃあ、改めて。私は飛鳥姫蘭々あすかきらら。キララでいいわよ。あなたと同じネオアカデミアに通う高校二年生。つまり、同級生ね。得意分野は音楽ゲームとダンスと体育。脱出ゲームはよく趣味で友人と遊んでるわ。配信は歌と踊り。全身を使ったパフォーマンスタイプのゲームプレイヤーってとこね」

「あとは、動体視力が高く、シミュレーション型のスポーツゲームでも高成績。理論的に組み立てるよりも直感型で動くのを好む……だろ?」

「そうよ。よく調べてるじゃない」

「まあ……」

 それはわかっているから、特にそのあたりの自己紹介など不要だとマサキは考えていたのだが。それを口にすると、またこの相手の機嫌をさらに損ねそうなので、その言葉は心の中に秘めておくことにした。

「そして、あなたは五十右いみぎマサキくん。得意分野はF P Sエフピーエス R T S リアルタイムストラテジーだけど、その他の分野でもそつなく高成績。特に射撃の腕は学内飛んで高校生でも全国トップ。ほとんど無口なのにプレイングだけで人気を博してきた、って実力者なわけだし、さぞかし腕に覚えがあるんでしょうね」

「全国トップと言っても、あくまでeスポーツゲームの話で……」

 そこまでだいそれたことでは、と続けようとするマサキに「五十右いみぎくん!」とビシィッと指を差しながら、キララは遮るように口を開く。

「あなたのプレイングには決定的に欠けてるものがあるわ! 協調性とコミュニケーション能力よ! 話してみて実感したけど、そんなんじゃコンビはもちろん、この先の大会で待ち受けてるチーム戦なんて勝ち抜いていけるわけがない。私が叩き直してあげる。まずは人の目を見て話せるようになりなさい!」

「…………はあ」

「はあ、じゃない! わかったの!? わかってないの!?」

「いや、それが君の方針なら……」

「キミ、じゃなく、キララよ! き・ら・ら!」

「……わかったよ、キララ」

 ようやくマサキが名前を呼ぶと、キララは「よし!」と満足げに頷いた。

 マサキとしては今のやり取りにどのような意味があったのかよくわからなかったが、彼女としては初対面の人間と交わす必要な儀礼なのだろう。

 少々、クセの強い同級生だとも思ったが、考えてみたらネオアカデミアの生徒は皆、どこかしら個性的である。ストリーマーであり、アイドルとしても持て囃されている彼女のパーソナリティーを考えれば、今のような反応を見せるのも順当といえばそうなのかもしれない。

(シロは、彼女がおれと一番相性が良いって結果を出していたけれど……信用していいんだろうか)

 マサキはため息を小さくつきながら、今朝、シロと交わした会話を思い出す。



   …



『今後の試合を鑑み、様々なシミュレーションを行った結果――今回、マサキとペアを組むのは飛鳥姫蘭々あすかきららが最適だという結論が出ました』

「理由は?」

『彼女の総合的なスキルや成績もそうですが、何よりも対人能力に彼女は秀でています。マサキに不足している領域を、カバーリングしてくれるでしょう。具体的には、コミュニケーションや、リズム感、タレント性です』

「……コミュニケーションとリズム感はわかるけど、最後のって必要かな」

『味方につけておいて悪いものではありません。飛鳥姫蘭々あすかきららとペアを組んだ場合、同世代のプレイヤーからの反感は少なからず買いますが、最終的にはあなたと彼女のコンビを応援する人の指数が最も増加し、スポンサーの方が増える試算が出ています』



   …



 ――シロがそう言うなら。

 そう思って、マサキは素直にキララを指名したのだが、早くも後悔の念に若干襲われていた。

 人と交流するのが得意ではない自分と組めば、日頃から多くの人に囲まれて賑やかな生活に身を置いている彼女が、大なり小なり不快に感じるのも無理はないだろう。

「それで、五十右いみぎくん。あなたの攻略方針を聞かせてもらえる? どうやって今日のゲームを突破するつもりなの?」

「今回の試合は、時間制限のあるパズル形式の脱出ゲームって話だから、実際にフィールドに行ってからじゃないと具体的な方策は立てられない。ただ、お互い、突出した得意分野を持っているし、落ち着いて進めばおおむね問題ないだろう。……妨害さえなければ」

「――妨害?」

 次の試合は、あくまでもゲームクリアのスコアを競うタイムアタックだ。

 各ペアは同一ステージをそれぞれ異なるセーブデータで同時にスタートするため、他のチームに干渉する余裕はない。

 であれば、その他に考えられる障害は、ゲームフィールドそのものに介在するトラップやエネミーだろう。

 そういえば、今更だが、自分以外の学級は問題なく初戦を終えられたのだろうか。

 昏睡状態になったのはマサキのクラスメイトたちだけだと考えていたが、そういえば、他の生徒たちの様子は誰にも聞いていない。

「1回戦の時点で、結構トリッキーなレースをさせられたから、色々あるかと思って」

 含みをもたせながらマサキはキララに尋ねる。

 彼女もまた、シロのようなパートナーを持っているかもしれない。

 そう考えてみたが、キララから返ってきた返事は、思っていたよりも淡白なものだった。

「さあ、どうだったかしら。あまり印象にないわ。だって、私が遊んでいたゲームは――ただ空を飛んでただけで、いつの間にかクリアできちゃったから」


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