選抜選手用の寮は、かなり豪華な部屋だった。
ベッドマットも枕も高級ブランドのものが使用されており、ドリンクやフードは、タッチパネルから選ぶだけですぐに配膳ロボットが調理済みのものを運んできてくれる。
練習用のマシンも最新鋭の設備が整えられており、至れり尽くせりとはこのことだ。
反面、SNSへのアクセスはかなり制限がかかっており、マサキは今回の大会のログや、各種ゲーム大会への配信の視聴はできるが、リアルタイムな世の中の動きや、自身のアカウントやチャンネルへの反応を見ることはできなかった。
大会中はプレイに集中するため、余計な情報をシャットアウトさせたい意図があるのかもしれないが、これでは他のプレイヤーがどんな人物像なのか確認することもできない。
「頼りになるのは
ため息をつきながら、デバイスに送信されたファイルに目を通す。
ネオアカデミアには七つの専科があり、それぞれeスポーツのジャンル別に授業内容も別れている。
チームで戦略を練り、敵の拠点を破壊する競技型アクションの
一人称視点での射撃スキルと反応速度を競う
最後の一人、もしくは一チームまで生き残るサバイバル競技のバトルロワイヤル。
リアルタイムで戦略を駆使して敵を制圧する
一対一で技をコンボを駆使して相手を倒す格闘ゲーム。
現実の競技を忠実に再現したスポーツシミュレーション。
そして、デッキを使った戦略と読み合いが勝敗を決めるカードゲームだ。
次の試合である『謎解きをベースにしたパズルゲーム』というのは、ネオアカデミアのどの専科にも含まれない。総合的な授業の中で多少触れることはあれど、これらは独立ジャンルに近いため、このゲームに特化した生徒というのは、少なくともこの学校にはいないだろう。
「残っている代表生徒は全部で十八名。二人一組になるから、九組の中で最も成績が良いペアが学校代表として全国大会進出か」
ネオアカデミアはeスポーツゲームの名門校だが、他にもeスポーツに特化した専門校は全国に多数存在している。
また、学校対抗の他にも特別推薦枠などが存在し、大規模な選抜大会の優勝者や、オンライン配信などの人気配信者など、いわゆる芸能枠や有名人枠というのも存在している。
この大会は重複参加権は認められていないため、外部の大会でエントリーしているネオアカデミアの生徒は、今回の学内選抜には不参加のようだ。eスポーツ専門校から選出されるのはひとつの学校につき二名と限られているため、優秀な生徒同士での潰し合いを避けるための措置だろう。
「協力ゲームか……気が進まないな」
ため息をつきながら、マサキはプロファイルのデータを閉じた。
協力型プレイは当然、授業でもこなしては来ているが、他人とコミュニケーションを取るのがマサキはあまり得意ではないのだ。
チャットや通話での交流がなく、プレイングだけで完結するタイプであれば良いのだが、今回はそういうわけにはいかないだろう。ソロプレイでクリアできるような形式であれば、そもそもペアでやる必要がない。必ず、二人が協力しなければ先に進めない仕掛けが数多く存在するはずだ。
どうしたものかとディスプレイをぼんやり眺めていると、突然、ピコン! と、ビデオ通知の画面が現れた。
『マサキ。私です。次は協力型のステージのようですね』
「シロ……!」
『先ほどは呼びかけに応えられず、申し訳ありません。エネルギーの充電をしていたため、重大な状況ではないと判断し、睡眠を優先させていました』
「それは、別にいいんだけど……いったいぜんたいどうなってるんだ? お前のことを話しても、配信画面には誰もいなかったって言われるし、それどころか、あれは普通のレースゲームだったみたいなことになってて……!」
食ってかかるマサキを、シロは『落ち着いてください』と、レースゲームの時と動揺の冷静さで制止しながら話を続ける。
『混乱されているようですね。あなたの疑問はもっともです。あまり通信に時間を割けないので、その件についてはゆとりがあるときに説明させていただきますが――配信に関しては、
「……お前が言っている宇宙生命体っていうのは、要するに、悪い連中なんだな?」
『マサキの言う『悪い連中』という表現は主観的であり、哲学的にも必ずしも正確ではありません。ただ、異神の軍勢があなたがた人類にとって敵対的な行動を取っているとは言えるでしょう。そして、それは私にとっても同様です。彼らをこの地上から排除しなければ、私たちに未来はありません』
「次の試合も、今日のゲームみたいになるのか?」
『可能性は高いでしょう。私が浄化したフィールドは、ごく一部です。あなたはこれからも命懸けの戦いに挑まなければならない。もちろん、あなたが降りたいと言うのでしたら、この先は私に任せて頂いても構いません』
シロは、改めてマサキに問うた。
昼間のレースゲームは苛烈を極め、クラスメイトたちの意識はまだ戻らない。
あの試合で勝利できていなかったら、マサキも同じような症状か、あるいはもっと悪い状況に陥っていただろう。最悪、もうこの世にいなかった可能性すらある。
「――おれは降りない。他人に自分の
だが、その経験をしてもなお、マサキの意思は揺るがなかった。
一歩間違えば死に直結するデスゲーム。尋常ではない恐怖と興奮は記憶に新しい。けれど、あれをクリアできるのもまた"自分しかいない"とマサキは自負していた。
『あなたの決意、よくわかりました。それでは、次の試合ですが――私のサポートはほとんど期待できないと思っていてください。敵が私の存在に気づき、妨害が大きくなっていることが予見されるのもそうですが、何よりも、私自身のエネルギーがまだ不足しているからです』
画面内のシロは、少し目を伏せた。
パートナーとして参戦している状況でありながら、次のゲームではマサキにほとんど協力できないことを申し訳なく思っているらしい。
その反応は、少し新鮮だった。
マサキはシロのことをAIやアンドロイドのように考えていたが、シロは自分のことを【電子生命体】と表現していたし、もしかするときちんと感情を持ち合わせている存在なのかもしれない。
「っていうか、ずっと思ってたんだけど、シロ。お前のエネルギーって何なんだ?」
『端的に申し上げれば電力です』
「電気だったら、うちの学校は発電所もあるくらいだし、十分引っ張ってこれるんじゃないか?」
『現時点でそれをしてしまうと、明晩までこの付近一帯が停電してしまいます。電力に依存した運用をしているマサキの学校でそんなことをすれば、様々な支障が出てしまうでしょう。今でさえ、
「なんだって!?」
さらりといま、とんでもないことを言われた気がする。
ネットワークにエラーが大量に出たり、今日は寮に泊まっていけと言われたり色々あったが、七割くらい眼前のパートナーが原因なのではないだろうか。
『ですので、手短に』
「ああ、わかったよ。で、明日ほとんど役に立たないお前がおれにしてくれることはなんなんだ」
『はい。明日はパズル形式の謎解きゲームと伺っています。ハッキングによりかなりの難易度になっていることが見込まれますが、この戦いは知性はもちろん、かなりの運動神経も要求されるでしょう。パートナーを選ぶのであれば、身のこなしの軽いプレイヤーが望ましいと思われます。私も可能な限りサポートはしますが、三回が限度だと思ってください』
「なるほど……。まあ、シロがいたら謎解きゲームにならないから、そのくらいでちょうどいいのかもしれないな」
三回までとはいえ、シロがサポートを申し出てくるのであれば、やはりまともにやったらクリアできない場面が何箇所か出てくるのだろう。サポートを求めるタイミングを見誤らないようにしなければならない。
マサキは改めて予選を勝ち抜いたプレイヤーたちのプロファイルを眺めた。
頭脳戦は自分が担当すればいいので、ここで必要になるのは瞬発力と運動神経だ。それ以外はどんなタイプでもいい。
『マサキ。あなたに忠告しておきます。このゲームは二人一組。決して、一人で勝利することはできません。――それをゆめゆめ忘れないように』
「……わかってるよ」
『理解されているのなら良かったです。伝達事項は以上です。おやすみなさい、マサキ』
「ああ。おやすみ、シロ」
やっぱり、ちょっと人間っぽいところあるなコイツ。
マサキは内心でそう漏らしながら、消えていく通信を眺めていた。
なんというか、今の言い方は。まるで聞き分けのない我が子を嗜める親のように感じられたのだ。