ネオアカデミアの本棟は、予選通過者の発表にどよめき立っていた。
ちらちらとすれ違う生徒たちの視線を受けながら、マサキは
天井から降り注ぐ無機質な青白いLEDライトは、センサーとなって二人の動きを予測するように、先々の道を明るく照らしていく。
やがて、人通りが少なくなってくると、分厚い鉄鋼製の扉が道の先に現れる。職員室のセキュリティゲートだ。
「職員室ってあんまり出入りしませんけど、学園ゲート以上に厳重なんですね」
「まあ、念には念をってやつだな。ここには外に漏れたら困るようなデータも大量にあるんで、より厳しくってやつさ。おっと……どいつもこいつも忙しそうだねえこりゃ」
職員室に足を踏み入れると、バタバタと駆け回る教員たちが数多く見受けられる。
エントリー登録やら、メディア取材対応やら、保護者からの問い合わせやら、目が回るほど忙しないタスクの数々が、『要対応事項』として部屋の中央の掲示板にどんどん表示されていた。
「改めて、学級選抜通過、おめでとう。まあ、お前なら心配ないと思っていたが、ここまでのプレイングを序盤から魅せてくれるとは、想像以上だ。SNSでも君のスーパープレイが話題になっている」
「いつの間に……」
VRゲームは立ち上げた瞬間に配信が開始されることは珍しくないが、あの試合の模様が既に全国ネットになっているとは思っていなかった。
マサキはいささか驚きながら、配信の録画を振り返りつつ、
それらは確かに、マサキの経験したレースであったが、しかし、致命的に異なっていることがある。
「……シロが、いない」
そう。どこを見回しても、自分の隣にずっといたはずの電子生命体、シロの姿がないのだ。
「シロ? なんだそれは」
「シロは……えっと、おれのデバイス……エクリプスにつけた端末名で、ゲームを立ち上げたら『電子生命体』として姿を現して、おれをずっとナビゲーションしてくれてたんです。そういう機能、搭載してますよね。このデバイス」
今朝、
シロは、あのゲームのことを熟知していた。VR世界に現れる"アンドロイド"であり、かつ、プレイヤーであるマサキのパートナーだ。レースが配信されているのであれば、あれだけ活躍していたシロの姿が映っていなければおかしい。しかし、この配信のどこにも、シロの姿は見当たらないのである。
「最新の端末には、確かに、AI補助機能が搭載されている。チュートリアルとしてプレイヤーにのみ配信されていた可能性はある」
「いや、そういう感じじゃなくて……シロは一緒におれとゲームをプレイしてたんです。ブースター機能とか、マッピングとか……それに、シロの補助がなければできなかったプレイングもあったし……とにかく、彼が映っていないのは、変だ」
「そう言われてもなあ。実際、配信のどこにも、その"シロ"ってやつは映ってないぞ?」
「……そう、みたいですね」
記録として残っていないものを信じてくれと言っても無理がある。
マサキも、
よくよく目を凝らして配信を観察してみると、何箇所か、シロが干渉したシーンについてはノイズが走っていることが確認できた。彼は、これはとても危険なゲームだと言っていたし、もしかしたら、シロが存在を隠すために、わざと配信に細工をしたのかもしれない。
「――シロ、起きてるか? 聞こえてるか、シロ?」
ダメ元で声をかけてみたものの、端末はスリープモードになったままで、シロからの反応は無い。
ここまできれいさっぱり存在が消えているとなると、あれは自分の妄想が生み出した存在だったのだろうか――?
あの時、確かに感じた体温や、緊迫感や、恐怖。
あれほどまでのリアリティが、架空のものだとは到底思えない。しかし、今のマサキはそれらが事実であるという証拠を何も示せない状態だ。
これでは、
「まあ、今日は新しいシステムで、いきなり初試合だったから、色々と疲れも出たんだろう」
「そうですね……」
マサキの落胆を感じ取ったのか、
「次の試合だが、パズルをベースにした謎解きゲームになっている。学内選抜としてはこれが最後だ」
「謎解き、ですか」
「ああ。プレイヤーは二人一組で協力して、ゲームのスコアとタイムを競う。学内選抜を勝ち抜けるのは二名。要するに、優勝した一組だけが学校代表として全国大会へ駒を進められるってことさ。誰と組むかが重要になってくる。選抜を勝ち抜いた生徒のデータをお前のデバイスに送っておいたから、よく吟味しておけ」
リストアップされたメンバーの名簿を眺めながら、マサキは曖昧に返事をする。
FPSなどで団体戦は何度か経験してきているが、二人一組で謎解きのスコアを競うというのは、マサキにとって慣れない種目だ。
「それじゃあ、予習のために今日はもう家に帰ります」
「ああ、待て待て。君は一躍有名人になったんだぞ。こんな白熱している中、警備も付けずに外に出てみろ。マスコミにもみくちゃにされるのがオチだ。ただでさえ、ネオアカデミアの制服を着ているだけで目立つし、君はもともと編入生としてこの学校に入ってきているから、箔も付いてる」
そう言いながら、
そこにはルームナンバーが記載されている。学校内に寮があるのは知っているが、マサキは自宅から通学していたので、今まで利用したことはない。
「帰れない、ってことですか?」
「保護者の方には事前に連絡をして、了承をもらっている。寮の部屋にある設備は教室と同じく最新式だし、君の学習環境と遜色ない機器を取り揃えてある。元々、今年の全国大会の選手のために用意されている特別ルームがあってね。ネオアカデミアの生徒として、一足先に寮の快適さを体感してみてくれ」
「……はい」
なんとも急な話だが、マサキとしてもマスコミに追い回されるのは本意ではない。
事前に通達がなかった点については違和感を拭えなかったが、学校側も、ここまで学内選抜の配信が加熱すると考えていなかったのかもしれない。ネオアカデミアは、生徒の身の安全を保証しなければならないし、これも学校としての義務なのだろう。
そう心に言い聞かせて、マサキは選手寮のカードキーを受け取り、大会エントリーの手続きを終えて、部屋を辞した。
……
そのような釈然としない生徒の背中を見送あった後、
配信画面にはノイズが何箇所か混ざっていたが、それは"別の要因"が影響だと、彼は考えていた。しかし、
「電子生命体は、既に滅んだはずだ。そんなはずはない。だが……」
大きくノイズが入ったシーンで、
波形の解析画面を開き、それらを見つめながら、通信端末を手に取った。
「――オレだ。報告がある。あのゲーム空間で異常なエネルギーパターンを検知していたと思うが、別の方向からも解析をしてくれないか。……ああ、なるべく早くだ。あまり考えたくはないが、
頼んだぞ。
短く伝えて、
少し気を落ち着けようと、室内に備え付けられたコーヒーメーカーに手を伸ばす。
だが、ステンレス製のコーヒーカップを持ち上げた瞬間、不意にカップが鈍い音を立てて歪んだ。
「あー。……まあた、やっちまった」
熱湯のかかった手をハンカチで適当にぬぐえば、彼の手の甲の火傷痕は、みるみるうちに消えていき、まるで何もなかったかのように、滑らかな肌へと再生していく。
「疲れてるのは、オレも一緒か」
自嘲気味な言葉は誰に拾い上げられることもなく、ただ明かりの落とされた会議室の暗闇に溶け、飲み込まれていくのであった。