ゴールラインを突破した瞬間、周囲に構築されていた世界が崩壊を始めた。
勝者であるマサキから発せられた光が、闇を溶かし、霧散させ、そして、景色は再構成される。
眩しさから瞑っていた目を再び開けば、そこは、ゲーム開始前にいた大人数用の演習エリアだ。真っ黒にコーティングされたかのような会場の中心に、マサキは立っていた。
意識を失う前と確実に異なるのは、彼の隣にはまばゆいほどの光を放つシロが存在していることだ。
VR空間から現実世界に戻れば、シロは消えるものだと思っていた。しかし、彼はまだここにいる。それとも、ここはまだ現実世界ではないのだろうか。
マサキが何事か訊ねるより先に、雪のように白く、謎めく存在は、ぶつぶつと詠唱のように次の言葉を呟いた。
「"
「え……?」
今、なんて。と、マサキが聞く暇もなく。
突如として世界は真っ白に塗り替えられ、白い光に包まれていたシロの姿は、徐々に薄れていく。そして、数秒後――――本当に何事もなかったかのように、いつも通りの演習場の風景がそこには広がっていた。
黒い闇も、異常なアラートも、すべて消えていた。
クラスメイトたちも開始前と同様、座席に座っている状態に戻っており、床に倒れていた佐々木も、もがき苦しむような様子はなく、今はただ自分の座席で穏やかに眠っているように見える。
「レッドゾーンは……!」
『問題ありません。すべてオールグリーンに戻りました。ひとまず、この空間の一時的な危機は乗り越えたと言って良いでしょう』
「え、シロ、どこに行ったんだ?」
辺りを見回せば、つい今しがたまで隣に立っていたシロの姿がない。
すると、いつの間にかマサキの首から提げられていたエクリプスのデバイスから『ここです』という声が聞こえてきた。
『少々、エネルギーを使いすぎましたので、一旦、あなたの中に戻らせて頂きました。通信は"
「……そうか。いや、色々と聞きたいことがあるんだが、とりあえず、みんなは大丈夫なのか?」
場内を包む静寂は、ただの安らぎではなく、どこか異様な息苦しさを伴っていた。
クラスメイトたちのゆるやかな呼吸音だけがかすかに聞こえる。まるで何かに支配されたような、この静けさは普通ではない――そんな感覚がマサキの胸に重くのしかかる。
『マサキの学友の方々に関しては、一命は取り留めています。今は精神的消耗が激しいため、深い眠りに落ちているのでしょう。もっとも、心の傷の回復については、本人次第でしょうが』
「心の傷……」
激しいレースゲームでの出来事を思い返し、こめかみを押さえる。
化け物に食われてプレイヤーロストになった者や、佐々木のように何度も死を経験した者。VRとは言え、あれだけのリアリティだ。精神面に影響がまったく出ていないとは言い難い。
そもそも、ゲーム空間というには、あの世界はあまりにも常軌を逸していた。マサキが勝っていなければ、現実でも本当にゲームオーバーになっていたかもしれない。
改めて佐々木に視線を向ける。穏やかに見えるその表情は、どこか魂の抜けた人形のようで、マサキの胸に言い知れぬ不安を呼び起こした。
普段は賑やかで迷惑だと思っていたが、今は早く目を覚まして、あの姦しいくらいの話し声を聞かせて欲しいと、マサキは感じている。
「それから、今、何したんだ? おまえがディ・ヴァイスって言った瞬間、周りが元通りになったみたいに見えたんだが……」
『あれは浄化のようなものです。この空間は、宇宙生命体――
「ファボ、サウル……? よくわからないが、元通りになった、ってことか?」
『そのような理解で良いでしょう。――すみません、マサキ。稼働限界のようですので、少し休ませていただきます』
「あ、おい、まだ話は……!」
シロはマイペースに話を切り上げ、そのまま沈黙してしまった。
マサキがエクリプスを振ったり電源ボタンを押してみても、反応する気配はない。どうやら、本当に眠ってしまったらしい。
やれやれとマサキがため息をつくと、突然、演習場の中央のモニターが起動し、このような文字が画面に躍った。
『CONGRATULATIONS! マサキ選手、勝利おめでとうございます!』
「え……」
今度は一体なにごとか、とマサキが狼狽していると、演習場の入口が開き、通信回線の確認に行っていた八十八騎が戻って来た。
彼は周囲を見回しながら、ひとまずマサキに駆け寄ると、こう語りかけてくる。
「
「
マサキの無事を確認した
まるで戦場で状況を見極めているような緊張感を持ったものであり、殺気のようなものすら感じられた。
「あの……先生……?」
「ああいや、悪い。佐々木たちがあんまりにも静かなもんだから、どうしたのかと思ってな!」
声をかけると、
ただの気のせいだろうか。そう思いながら、マサキは話を続けた。
「みんなは、その……眠っているみたいで……」
「ああ、新しいシステムはかなり負荷が大きいからな。お前以外はこんな風になるんじゃないかと思っていた。皆、命に別状はないみたいだが……
「とりあえず、シロが助けてくれたから何とかなりましたが」
「シロ? そんなプレイヤーうちのクラスにいたか?」
「え。あ、先生、もしかしてゲーム見てなかったんですか?」
「お前の試合をオレが見ていないわけないだろ。話はあとだ。とりあえず、ウチのクラスからは正式にお前を大会エントリーの選手として登録しなきゃならない。試合のフィードバックはあとだ。職員室まで……」
「ま、待ってください、先生」
急ぎ、エントリーのために連れ出そうとする
「佐々木たちが、みんな目を覚ましていない。保健室に運んだ方が……」
「――ああ、そうか」
「先生?」
「いや、お前の心配はもっともだ。だが、保険医を手配するにしても、一旦、本棟に戻る必要がある」
どこか他人事のように話す
「おれはゲームの中で、シロにはっきり言われたんです。これはデスゲームだって。おれが勝利を掴めなかったら、おれも、シロも、みんなここで死ぬって。これがゲームの演出じゃないなら、一体なんなんですか」
こんな危険な状態になるとわかっていたなら、どうして事前に告知がなかったのか。
あんな発言がプレイ動画として配信されていたとしたら、問題になっているのではないか。
様々な疑問や怒りが、マサキの中で湧き上がっていた。
「――
「でも……!」
「だが、お前の言葉に嘘があるようにも思えない。あとでプレイ動画を一緒に確認しよう。もちろん、まずは他の生徒たちのケアだ。……それでいいな?」
「は、はい」
釈然とはしなかったが、担任の言葉に従って、演習場を後にする。
去り際に振り返ると、クラスメイトたちは深い眠りに落ちているだけに見えた。だが、その静けさの奥には、何か大切なものが失われたかのような不穏な気配が漂っていた。
――本当に、全員無事なのか……?
心の中で小さく呟いたその言葉は、誰にも届くことなく、演習場の空気に吸い込まれていった。