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第7話 ゲームセット

 真っ白なレースカーが逆走してくるのを目にした時、佐々木は勝利を確信していた。

 マサキの車は見た限り、やはり一度もパワーアップしていない。全く黒化していないのがその証拠だ。

 それに対して佐々木の車は、何度かコースアウトを繰り返すうちに、どんどん強化されていった。

 今は思考もクリアで、人生で一番冴え渡っている気がする。

 ドライビングテクニックも、強さも、何もかも、佐々木はリスポーンするたびに生まれ変わり、自身がこの場において最強だと確信していた。

 その証拠に、自身に襲いかかってきた邪魔な触手も、進化した佐々木の機体が撃ち落としたし、行く手を阻む障害物は、レースカーから伸びた触腕が薙ぎ払っていった。

 手足もあり、翼もあり、砲撃もできる佐々木のレースカーは、文字通り最恐だ。

 彼の今のステータスであれば、ゴール前に立ちはだかる異形の肉壁を突き破り、トップでレースを制することも容易い。

 そうだ、マサキのことなど無視してゴールを目指せばいい。

 何を血迷ったのか知らないが、逆走するなんて間抜けなやつだ。

 そう笑って、佐々木はゴール地点に向かうため、ハンドルを握り返す。

『佐々木。――のか』

 だが、機体の向きを変えようとした瞬間、聞き捨てならない言葉を拾い上げた。

 見下ろせば、レースカーのフロントハッチを開き、光線銃を構えたマサキが、佐々木に向かって照準を合わせている。

 あんなちっぽけな装備では、まるで勝負にならない。

 無視すればいい。あんな存在。

 挑発に乗るな。時間稼ぎだ。悪あがきだ。

 マサキなど気にせずに、勝利を掴み取ってしまえばいい。

 しかし――それでいいのか?

 このまま奴との勝負を避けて、ゴールしたとしても、それは勝ったと言えるのか。

 あいつは勝ったけど、マサキとの対決からは逃げたと、一生後ろ指を差されるのではないか。

「俺は、俺は、俺はお前に勝つ! お前に勝って、このレースにも勝利する――!」

 そんな小さな銃で何ができるのだ。

 馬鹿なやつ。自分に立ち向かうなどせず、コースの端で震えていれば、叩き潰されることもなかったろうに。

 気に入らない。何もかも。

 澄ました表情も、冷静なプレイングも、何もかも誰よりもうまくやってのけるその姿も。

 血が滲むような努力は自分だってしているのに、マサキには敵わない。クラスの誰も彼もが苦しい想いをして這い上がってきたのに、マサキは、優秀だという理由で試験もなしにこの学校に編入してきて、教員からも可愛がられて。ああ、嫉妬だ。これは妬みだ。強い憧憬と共存する、彼に対する憎悪だ。

 だからこそ完膚なきまでに倒す。

 そうでなければ、あれを乗り越えなければ、自分は一生負け犬のままだ!

「そこをどけ……! どけよ、マァサキイィイイイイ!!」

 照準をマサキに合わせ、機体からミサイルを一斉掃射する。

 持てる限りの最大火力。

 車体から身を乗り出したマサキは無防備そのものだ。これを受ければひとたまりもないだろう。

 攻撃はすべて命中し、閃光と爆風があたりに吹き荒れる。

「やった、やったぞ! ついに俺はマサキを――――」

 勝利を確信したのも束の間。

 バシュン!!

 土煙の中から、強大なエネルギーの熱線が飛び出し、それは佐々木の機体の羽根をやすやすともぎ取っていった。

「え……?」

 ぐらり、と、機体が大きく傾ぐ。

 何が起きたのか、理解できない。何もわからない。

 ただ呆然と、佐々木は煙が晴れた先に佇む同級生のことを眺めた。

 完全に倒した。完膚なきまでに。そう確信していたのに。

 五十右いみぎマサキは冗談みたいに、無傷のまま涼しい顔で、その場に立っていた。

 佐々木が乗っていた、黒い機体が燃え上がる。

 身体を覆っていた黒い闇も崩れ落ちていく。

 なすすべもなく落下していく意識の中、佐々木はただひとつだけ、理解した。

 ああ、自分は、マサキに負けたのだ。

 その思考を最後に、佐々木の意識はブラックアウトした。




   ◆◇◆




「その光線銃は、エネルギーを蓄積できます。それこそが、この武器の真価です」

「つまり、どういうことだ?」

「端的に言えば、敵の攻撃を吸収して、そのままダメージに上乗せできる、ということです」

「攻撃を……つまり、」

 マサキは佐々木の機体を仰ぎ見て、彼の積載している武器を観察した。

 あのマシンは何度もリスポーンを繰り返し、相当な強化がなされている。おそらく、砲撃のダメージもマサキの持っている光線銃など比較にならないだろう。

 現に、佐々木はここに来る途中、障害物の壁や、途中マサキが苦戦した触手を熱線で焼き切り、力技で最終レースに突入してきた。

 そのエネルギーを吸収し、跳ね返すことができれば、あの最後の防壁も突破できるだろう。

「攻撃を受けた際の反動や余波は私の方でコントロールできます。ただ、そのためには、この光線銃に敵の攻撃を集める必要があります。彼はあなたの学友です。あなたに一点集中して攻撃をさせることさえできれば、エネルギーを収束できるでしょう」

「一点集中ね……あれだけの火力を搭載してる相手にか」

 簡単に言ってくれるな、とため息をつきながら、マサキは光線銃を手に取った。

 短い付き合いだが、佐々木のプレイスタイルはよく知っている。

 彼は完全勝利が好きで、負けず嫌いで、挑発に弱い。

 そして、五十右いみぎマサキというプレイヤーに、強いライバル意識がある。

 今だけは、彼が自分が想像した通りの、単純明解な精神構造であることを祈るばかりだ。

 光線銃にエネルギーを集約させるのであれば、安全なレースカーの中にいるわけにはいかない。

「おれの命、君に預けたぞ」

 そう告げて、マサキは佐々木の方へ向かって、アクセルを踏んだ。

 同級生はありがたいことに、自分が想像した通りの性格であった。

 そして更に素晴らしいことに、その技術はさすがは名門校の生徒。すべて正確無比にマサキに向かって寸分たがわず、真っ直ぐ攻撃が向かってきてくれた。

「シロ――!」

 飛んできたエネルギーが眼前まで迫り、肉薄する寸前。

 マサキの声に呼応するように、シロはぶつぶつと何か呪文めいたコードの羅列をつぶやき、ミサイルの雨を銃身へと収束させていく。

 まばゆい閃光が辺りを包む。

 衝撃と共に爆風が上がり、身体が倒れそうになった。しかし、背後でしっかりとマサキを支えるシロが、巻き上げられた瓦礫や金属の破片を、煙ごと吹き飛ばしていく。

「マサキ、撃てます!」

「ッ!」

 目を開けば、佐々木の機体が再び視界に飛び込んできた。

 マサキは、迷わず光線銃を発射する。

 狙うは、佐々木のマシン――の、更に後背に浮遊していた、グリッチゾーンの断片だ。

 あの破片は、エネルギーを跳ね返す作用があるとシロは説明していた。

 本来は、障害物として様々な光や攻撃を反射させ、プレイヤーの行く手を阻むものであるが、マサキはそれを逆手に取った。

 佐々木の機体の羽根を撃ち落としてなお、勢いを落とさぬその光線は、鏡のような断片の障壁によって跳ね返され、角度を変え、そして――――ゴール前に立ちはだかる、異形の怪物の大口めがけて、真っ直ぐ迸っていく!


『Vzzthhhrr… Skkaaaaarrh!! Thrrrzzzk-viiiii』


 大地が震え、耳をつんざくような叫び声が辺りをおおった。

 それは、肉壁のように巨大な化け物の悲鳴なのだろうか。

 ノイズが走り、口から黒い液体を垂れ流す怪物は、恨めしそうな顔でマサキとシロを睨みつける。肉体はすぐに修復を始め、破壊された細胞を蘇生させようとうごめき出した。

「させるか、シロ! 突っ込むぞ!」

 レースカーに飛び乗り、アクセルを全開にする。

 ターボエンジンが轟音を響かせ、車体は火を吹くような勢いで走り出した。

 ゴール地点には巨大な怪物が口を開けたまま、マサキたちを待ち構えており、その目の前には、加速板が輝きを放っている。

「行くぞ!!」

 超加速の板に車体が触れた瞬間、さらに爆発的な推進力が生まれ、マサキを乗せたレースカーは宙に舞い上がった。

 その軌道は真っ直ぐ異形の口内へ軌跡を描いていく。

「エネルギー全開! 次弾装填完了! 撃てます! マサキ!」

「これで、ゲームセットだ!!」

 ドン――――――ッ!!!

 光線銃から放たれた追撃は、修復しかかっていた化け物の身体に風穴を開けた。

 その隙間を、マサキの車が超高速ですり抜け、ついに、最大の難所を突破する!

『ksssshhkkKRRRAAAH!!』

 化け物は巨体を動かし、雄叫びを上げるが、もう遅い。

 マサキのレースカーはチェッカーフラッグが高々と振られる中、ゴールラインを駆け抜けていった。



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