真っ白なレースカーが逆走してくるのを目にした時、佐々木は勝利を確信していた。
マサキの車は見た限り、やはり一度もパワーアップしていない。全く黒化していないのがその証拠だ。
それに対して佐々木の車は、何度かコースアウトを繰り返すうちに、どんどん強化されていった。
今は思考もクリアで、人生で一番冴え渡っている気がする。
ドライビングテクニックも、強さも、何もかも、佐々木はリスポーンするたびに生まれ変わり、自身がこの場において最強だと確信していた。
その証拠に、自身に襲いかかってきた邪魔な触手も、進化した佐々木の機体が撃ち落としたし、行く手を阻む障害物は、レースカーから伸びた触腕が薙ぎ払っていった。
手足もあり、翼もあり、砲撃もできる佐々木のレースカーは、文字通り最恐だ。
彼の今のステータスであれば、ゴール前に立ちはだかる異形の肉壁を突き破り、トップでレースを制することも容易い。
そうだ、マサキのことなど無視してゴールを目指せばいい。
何を血迷ったのか知らないが、逆走するなんて間抜けなやつだ。
そう笑って、佐々木はゴール地点に向かうため、ハンドルを握り返す。
『佐々木。――
だが、機体の向きを変えようとした瞬間、聞き捨てならない言葉を拾い上げた。
見下ろせば、レースカーのフロントハッチを開き、光線銃を構えたマサキが、佐々木に向かって照準を合わせている。
あんなちっぽけな装備では、まるで勝負にならない。
無視すればいい。あんな存在。
挑発に乗るな。時間稼ぎだ。悪あがきだ。
マサキなど気にせずに、勝利を掴み取ってしまえばいい。
しかし――それでいいのか?
このまま奴との勝負を避けて、ゴールしたとしても、それは勝ったと言えるのか。
あいつは勝ったけど、マサキとの対決からは逃げたと、一生後ろ指を差されるのではないか。
「俺は、俺は、俺はお前に勝つ! お前に勝って、このレースにも勝利する――!」
そんな小さな銃で何ができるのだ。
馬鹿なやつ。自分に立ち向かうなどせず、コースの端で震えていれば、叩き潰されることもなかったろうに。
気に入らない。何もかも。
澄ました表情も、冷静なプレイングも、何もかも誰よりもうまくやってのけるその姿も。
血が滲むような努力は自分だってしているのに、マサキには敵わない。クラスの誰も彼もが苦しい想いをして這い上がってきたのに、マサキは、優秀だという理由で試験もなしにこの学校に編入してきて、教員からも可愛がられて。ああ、嫉妬だ。これは妬みだ。強い憧憬と共存する、彼に対する憎悪だ。
だからこそ完膚なきまでに倒す。
そうでなければ、あれを乗り越えなければ、自分は一生負け犬のままだ!
「そこをどけ……! どけよ、マァサキイィイイイイ!!」
照準をマサキに合わせ、機体からミサイルを一斉掃射する。
持てる限りの最大火力。
車体から身を乗り出したマサキは無防備そのものだ。これを受ければひとたまりもないだろう。
攻撃はすべて命中し、閃光と爆風があたりに吹き荒れる。
「やった、やったぞ! ついに俺はマサキを――――」
勝利を確信したのも束の間。
バシュン!!
土煙の中から、強大なエネルギーの熱線が飛び出し、それは佐々木の機体の羽根をやすやすともぎ取っていった。
「え……?」
ぐらり、と、機体が大きく傾ぐ。
何が起きたのか、理解できない。何もわからない。
ただ呆然と、佐々木は煙が晴れた先に佇む同級生のことを眺めた。
完全に倒した。完膚なきまでに。そう確信していたのに。
佐々木が乗っていた、黒い機体が燃え上がる。
身体を覆っていた黒い闇も崩れ落ちていく。
なすすべもなく落下していく意識の中、佐々木はただひとつだけ、理解した。
ああ、自分は、マサキに負けたのだ。
その思考を最後に、佐々木の意識はブラックアウトした。
◆◇◆
「その光線銃は、エネルギーを蓄積できます。それこそが、この武器の真価です」
「つまり、どういうことだ?」
「端的に言えば、敵の攻撃を吸収して、そのままダメージに上乗せできる、ということです」
「攻撃を……つまり、」
マサキは佐々木の機体を仰ぎ見て、彼の積載している武器を観察した。
あのマシンは何度もリスポーンを繰り返し、相当な強化がなされている。おそらく、砲撃のダメージもマサキの持っている光線銃など比較にならないだろう。
現に、佐々木はここに来る途中、障害物の壁や、途中マサキが苦戦した触手を熱線で焼き切り、力技で最終レースに突入してきた。
そのエネルギーを吸収し、跳ね返すことができれば、あの最後の防壁も突破できるだろう。
「攻撃を受けた際の反動や余波は私の方でコントロールできます。ただ、そのためには、この光線銃に敵の攻撃を集める必要があります。彼はあなたの学友です。あなたに一点集中して攻撃をさせることさえできれば、エネルギーを収束できるでしょう」
「一点集中ね……あれだけの火力を搭載してる相手にか」
簡単に言ってくれるな、とため息をつきながら、マサキは光線銃を手に取った。
短い付き合いだが、佐々木のプレイスタイルはよく知っている。
彼は完全勝利が好きで、負けず嫌いで、挑発に弱い。
そして、
今だけは、彼が自分が想像した通りの、単純明解な精神構造であることを祈るばかりだ。
光線銃にエネルギーを集約させるのであれば、安全なレースカーの中にいるわけにはいかない。
「おれの命、君に預けたぞ」
そう告げて、マサキは佐々木の方へ向かって、アクセルを踏んだ。
同級生はありがたいことに、自分が想像した通りの性格であった。
そして更に素晴らしいことに、その技術はさすがは名門校の生徒。すべて正確無比にマサキに向かって寸分たがわず、真っ直ぐ攻撃が向かってきてくれた。
「シロ――!」
飛んできたエネルギーが眼前まで迫り、肉薄する寸前。
マサキの声に呼応するように、シロはぶつぶつと何か呪文めいたコードの羅列をつぶやき、ミサイルの雨を銃身へと収束させていく。
まばゆい閃光が辺りを包む。
衝撃と共に爆風が上がり、身体が倒れそうになった。しかし、背後でしっかりとマサキを支えるシロが、巻き上げられた瓦礫や金属の破片を、煙ごと吹き飛ばしていく。
「マサキ、撃てます!」
「ッ!」
目を開けば、佐々木の機体が再び視界に飛び込んできた。
マサキは、迷わず光線銃を発射する。
狙うは、佐々木のマシン――の、更に後背に浮遊していた、グリッチゾーンの断片だ。
あの破片は、エネルギーを跳ね返す作用があるとシロは説明していた。
本来は、障害物として様々な光や攻撃を反射させ、プレイヤーの行く手を阻むものであるが、マサキはそれを逆手に取った。
佐々木の機体の羽根を撃ち落としてなお、勢いを落とさぬその光線は、鏡のような断片の障壁によって跳ね返され、角度を変え、そして――――ゴール前に立ちはだかる、異形の怪物の大口めがけて、真っ直ぐ迸っていく!
『Vzzthhhrr… Skkaaaaarrh!! Thrrrzzzk-viiiii』
大地が震え、耳をつんざくような叫び声が辺りを
それは、肉壁のように巨大な化け物の悲鳴なのだろうか。
ノイズが走り、口から黒い液体を垂れ流す怪物は、恨めしそうな顔でマサキとシロを睨みつける。肉体はすぐに修復を始め、破壊された細胞を蘇生させようと
「させるか、シロ! 突っ込むぞ!」
レースカーに飛び乗り、アクセルを全開にする。
ターボエンジンが轟音を響かせ、車体は火を吹くような勢いで走り出した。
ゴール地点には巨大な怪物が口を開けたまま、マサキたちを待ち構えており、その目の前には、加速板が輝きを放っている。
「行くぞ!!」
超加速の板に車体が触れた瞬間、さらに爆発的な推進力が生まれ、マサキを乗せたレースカーは宙に舞い上がった。
その軌道は真っ直ぐ異形の口内へ軌跡を描いていく。
「エネルギー全開! 次弾装填完了! 撃てます! マサキ!」
「これで、ゲームセットだ!!」
ドン――――――ッ!!!
光線銃から放たれた追撃は、修復しかかっていた化け物の身体に風穴を開けた。
その隙間を、マサキの車が超高速ですり抜け、ついに、最大の難所を突破する!
『ksssshhkkKRRRAAAH!!』
化け物は巨体を動かし、雄叫びを上げるが、もう遅い。
マサキのレースカーはチェッカーフラッグが高々と振られる中、ゴールラインを駆け抜けていった。