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第6話 ハッキング・カタクリズム

 消滅する足場、突如出現しては消える扉、度々現れる重力反転ゾーン。

 それらの難所をハンドルさばきとシロのバックアップで切り抜けながら、マサキは最終コーナーまで辿り着いた。

 運転席のモニターには常時、参加プレイヤーの数が表示されているが、レースが佳境に入るにつれ、脱落者の数も増加している。佐々木の姿は見えなくなったが、彼もまだコースには残っているらしい。

 意外なのは、まだゴールしたプレイヤーが現れていないことだ。

 マサキはレース開始時に遅れを取ったのもあり、コーナーショートカットでなんとか首位と二位との差を詰めたものの、フラクタルループを抜けるのにだいぶ時間を要してしまった。

 既に優勝者が出ていてもおかしくない――そう考えていたのだが、先行するプレイヤーたちはゴール手前でストップしており、その先に進んでいなようだ。

「ここ、何かあるんだろうな。シロ、わかるか?」

「はい。解析しようとしましたが、この最終コーナーに入ってから妨害が激しく、先の様子が把握できません」

 マップ上にはルート表示こそなされているが、この先に何があるかは、実際に行ってみるまではわからないらしい。

「というか、さっきから遠慮なく攻撃しまくってるけど、その光線銃はエネルギー切れとかしないのか?」

「問題有りません。エネルギーの補充先は、既に私の方でルートを確立済です。――マサキ、来ますよ」

「!」

 サーキットに、再び異変が現れる。

 コースの流れが螺旋状に渦巻き、崩壊しながら、空間が再構築されていく。

 ノイズに覆われた道は、電脳空間のようなイメージをさらに強め、地平線の先からぬぅっと、何か、巨大な影が現れた。

 それは、黒い無数の触手だ。

 鞭のように縦横無尽にコースに向かって降ってくる触手は、サーキット上にいるマサキの車をはたき落とそうとしてくる。

「ちょっ、と待て! どうするんだよこれ!」

 寸でのところで攻撃を避けながら進もうとするが、数が多すぎる。

 立ち止まればすぐに触手に叩き潰されてしまうし、スピードを出しすぎてもその先ではたき落とされるだろう。

 それぞれの触手の動きには法則性がなく、プレイヤーをゴールさせる気がないのではないかと感じる。

「実際、この空間の主は、誰も生かして返すつもりはありません。このエリアの抜け道はただ一つ、レースをクリアすることですから」

「クリアさせる気がないって……うわっ!」

 車体のすぐ側に触手が叩きつけられ、反動で、レースカーが空中に浮上する。

 コーナーアウトだ!

 マサキは慌ててリカバリーを試み、縦横無尽に動き回る触手の上に、車を着地させる。粘液状で滑りやすい触手は、気を抜くとすぐにふるい落とされそうになった。

 直接乗り上げてきたマサキの車を引き剥がそうと、触手はぶんぶんと暴れ始める。

「この、少しおとなしく、しろってんだ――!!!」

 ターボエンジンを吹かし、触手に向かって光線銃を発射した。

 レーザーはこの生物にも有効なのか、痛みに驚いたらしい黒光りしたそれは、天に向かって触腕を振り上げる。

「シロ、あのグリッチゾーンから跳べるか!?」

 構築と再構築を断続的に続ける空間には、道路の断片がそこかしこに浮遊していた。

 そのうちのひとつに、マサキは車体を一旦着地させ、そこからゴールゾーンに向かい、先ほどのショートカットのように飛ぼうと考えたのだ。

「着地は可能ですが、あの断片はエネルギーを跳ね返す作用があるだけで、先ほどのような加速効果はないようです」

「なら、くれ!」

 浮遊した破片が直線になり、道が作れれば、助走をつけて飛び出すことはできる。

 光線銃の衝撃で断片を集めることができれば、不可能ではない。

「……だめです。今の落下速度と、あれらのグリッジの集合速度では、マサキの案は間に合わないでしょう」

「なら、道ができるまで待ってればいいのか!?」

「いえ。それですとあの触手の餌食です。ここにはエネルギーが満ちてますから、

 そう言うと、シロはふわりと浮遊し、車体の外へと飛び出す。

 そして、レースカーがグリッチゾーンに着地した瞬間に、

 ミサイルの発射のような速度で、マサキのレースカーは空中を駆け、触腕の隙間を縫っていく。

「突破はできたけど――何だ今の!? ちょっとそれ、反則じゃないか!?」

「パートナーの協力はシステムが許容するルールの範囲内です。問題ありません。現に、マサキの学友も、飛んで追いかけてきてますから」

「えっ――!?」

 モニターを見れば、序盤よりもかなり禍々しくなったレースカーのボディで、佐々木が追い上げてくるのが確認できた。

 佐々木の車体は、もはや車とは呼べないものに変貌している。

 長い手足のようなものが生え、背中には巨大な翼もついており、さらにはミサイルを何発も発射できるような大砲も備えているではないか。

「魔改造が過ぎないか!? 個性的ってレベルを超えてるぞ!」

「先ほど彼が話していた通り、このレースは再登場リスポーンするごとに車体が変化しパワーアップしていく仕掛けが施されているようですね」

 現に、佐々木はコーナーアウトなどで度々レースから脱落しているが、その度に、脱落地点から復活し追いかけてきている。彼流に言えば、もう何度も"死"を経験しているのだろう。

 再度、注意深く佐々木の様子を確認してみれば、身体に浮かびあがっていた黒い侵蝕は、今や完全に彼を覆い尽くしており、もはや別の生き物のようになってしまっている。

 瞳は赤黒い輝きが灯り、腕は爬虫類の皮膚のようになっていて、身体からは細い触手が何本も伸びている。プレイヤー名こそ佐々木とあるが、それは既に、マサキの知るクラスメイトではなかった。

「マサキ。このゲームはある生命体によって侵蝕されています。このレースも、本来であればこのような形ではなく、もっと平和的なものでした」

「コンピューターウィルスとか、そういうやつか?」

「そうですね、そのようなイメージで良いでしょう。この空間は既に汚染され、完全に支配されそうになっていますが、この世界は『』という条件を満たせば脱出が可能となっています。リスポーンを繰り返し、完全にウィルスの支配下に置かれたプレイヤーは、もはや彼らの奴隷です」

「奴隷……」

 車体が大きく揺れる。

 後背に迫ってきた佐々木が、マサキのレースカーを目掛けて、攻撃を仕掛けてきたのだ。

「どけマサキ!! このレースの勝者は俺だ!! お前も先に行った二人みたいになりたくなけりゃ、道を開けな!!」

「佐々木!!」

 先に行った二人とは、先ほどから動かなかった首位と二位のプレイヤーたちだ。

 マサキはハンドルを操り、ゴールゲート直前のコースに着地する。

 すると、そこには巨大な壁が立ちはだかっていた。

 否、これは壁ではなく、生き物だ。

 岩のような大きな身体を持つ怪物が、ぎょろりと二つの目玉を覗かせ、あたりを見渡しながら、先に到着していたプレイヤーたちのレースカーを鷲掴みにしていた。

 そして、壁の中央に大きな口が開き、二台のレースカーは無情にもその中へと放り込まれていった。

 モニターには『プレイヤーロスト』の文字が踊り、彼らがゲームオーバーになった事実を淡々とマサキに伝えてくる。

「おい……あれ、どうなったんだ!? 死んでないよな!?」

「――マサキ。あなたが勝利すれば、このゲームは正常な姿に戻る。そうすれば、彼らも、他のプレイヤーたちも、助けられる可能性があります」

 シロは、彼らの運命にこそ言及しなかったが、マサキ次第で結果が変わる可能性があると告げてきた。

 眼前で先行していたプレイヤーが消え、背後には変わり果てた友人の佐々木が迫っている。

 佐々木の妨害を回避しながら、ゴール前にいる怪物を突破しなければ、レースに勝つことはできない。

 空からは落雷が落ち、絶体絶命の状況を演出している。

「マサキ。よく聞いてください。あなたの光線銃ですが――――」

「――――――」

 その最中さなか

 シロが提案してきたアイデアに、マサキは目を見張る。

 そうして、数秒の沈黙ののち、eスポーツランカーは、覚悟を決めたように頷き、こう返した。

「わかった。……シロ。おれの命、君に預けたぞ」

 イチかバチかの賭けだが、やってみる勝ちはある。

 マサキは意を決して、アクセルを踏み込んだ。

 目標はゴール地点ではなく、背後から迫ってきた佐々木の方向だ。

 そう、彼はこのピンチを乗り越えるため、友人に向かって逆走し始めたのである。


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