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第5話 フラクタブル・ダイブ!

 青白いホログラムが空間全体を覆い、道という道が蜃気楼のように浮かび上がっていく。

 灼熱の炎のエリアを超えたかと思えば、今度は氷漬けになったサーキットがハンドルを奪い、叩きつけるような吹雪が視界を遮ってくる。

 初見であればほぼ確実にコーナーアウトするようなコースだ。実際、このサーキットで一度も落下することなく軽快な走りを続けているのはマサキのみであり、彼を先ほど視界に収めた佐々木も、攻撃の後にハンドル操作を誤って壁に叩きつけられていた。

 グシャリ!

 鈍い衝撃の後、佐々木の目の前は真っ暗になる。

 これが現実であれば即死だろう。――否。ここは本当に、ゲームの中なのか?

 身体を突き抜けるような痛み、呼吸の苦しみ、迫りくる死の感覚。

 それらはV Rバーチャルリアリティと表現するには、あまりにもリアルだった。

 ――あ、これやばい。死ぬわ。

 佐々木は思考が停止する直前、自身の終わりを悟った。

 レースカーが炎上し、車体も身体も溶け落ちる。

 ゲームオーバー。という無機質な表示を眺めながら、佐々木の意識は暗闇に落ちた。

 その直後。彼は、何か不思議な夢を見た。

 くらい宇宙の向こう側。星辰の狭間から降り注ぐ、黒く淀んだ隕石群。

 それらひとつひとつには多くの触手があり、さらに、中心部にはぎょろぎょろ動く目玉のような赤い光が無数にまたたいている。まるで生き物だ。

 そのうちのひとつが、佐々木の目の前に迫る。

 接近してみると、それは彼のゆうに三倍はあるかと思われるほど大きい、不気味な岩の塊だった。

 生物とも無機物とも表現しがたいそれから伸びた触手は、佐々木の身体を拘束し、小さな痛みを彼に与える。見れば、触手の側面には無数の口がついており、鋭い牙が佐々木の肉体を少しずつ咀嚼していたのだ。

 声にならない悲鳴を上げながら、佐々木は発狂する。

 死にたくない、死にたくない――!

 もう死んでいるはずなのに、こんなことを考えるなんてどうかしている。

 恐怖に怯えながら、なぜか正常にまだ動く思考を呪いながら、そのように喚いていると、急激に、視界が開けた。

 気がつくと、佐々木は再び、レースカーの中にいた。

「あれ……?」

 きょろきょろと辺りを確認する。

 レースはまだ進行中で、先ほどまで追いかけていたマサキも、まだそう遠くには行っていない。

 モニターを見ると『リスポーン(再登場)』と表記されている。

 リスポーン――それは、ゲームキャラクターが何らかの理由で消滅した後に、再びゲームに出現することだ。

 どうやら、このゲームはコーナーアウトしても、ゴールするまでは元いた地点に戻されるらしい。

 しかも、エンジンや武器は、先ほどよりもパワーアップしている。レースゲームは遅れを取れば取るほど不利になるものだが、そのタイムロスを取り戻せるくらい、車体がグレードアップしていたのだ。

「よし……よし! 俺はまだ、戦える!」

 改めてモニターを確認する。

 マサキは相変わらず軽快なドライビングで、安定した走りを見せている。レースカーも初期装備のままなので、コーナーアウトなどもしていないのだろう。

 だが、マサキ以外のプレイヤーは皆、佐々木のようなパワーアップをしている。

 人によっては、佐々木よりもさらに凶悪なマシンパワーになっているものもあり、このゲームは"死ねば死ぬほど強くなる"のではないかと、佐々木は直感した。

「一旦コーナーアウトして、強くなってから前のプレイヤーを追い越して、最終的に、勝つ――! なんだよ、これが必勝法なんじゃないか!?」

 ゲームが上手いマサキはこれに気づいていない!

 マサキが以前、「完璧なプレイングで勝ちたい」とこぼしていたのを佐々木は思い出す。

 こういった趣旨の試合の時に、その思考は命取りになる。

 初めて、佐々木はマサキよりも自分が優位に立っていると感じた。

「マサキ! お前に勝ってやる! 俺だって、お前に勝てるって証明してみせるからな――!!」

 高らかに宣言しながら、佐々木はアクセルを踏み込んだ。

 五十右いみぎマサキは編入生で、教師たちからの期待も大きい。そんな彼を打ち負かすことができれば、佐々木への名声や評価は一気に高まる。

 ライバルへの闘志を燃やし、少年は人生の中でも最高の興奮を覚えながら、レースカーを加速させた。

 真っ赤だったはずの車体ボディが、黒く淀んだものに変化していることに、佐々木は気づいていないようだった。



   ◆◇◆



「くそ、どんなコースだよ……!」

 全神経を研ぎ澄ませながら、マサキは加速と減速を繰り返し、可能な限り最大のスピードで追い上げを続けていた。

 前方には首位を走るプレイヤーと、次点で続くプレイヤーが数名いる。かなりごぼう抜きをしてきたが、まだまだマサキの順位は六位といったところだ。トップとの差もなかなか埋められない。このまま順当に追いかけていては、首位と順位を入れ替えるのは難しいだろう。

「シロ、このサーキットの全体マップは出せるか!」

「はい。モニターを見て下さい」

 映し出されたコースは、まだまだ先の長い迷路のようだった。

 この先にはねじれたチューブのように回転するトルネードコースがあり、さらに光の橋が蜘蛛の巣のように張り巡らされたエリアもあった。とくに、橋のコースではブリッジの一部がランダムで崩壊するらしく、先行するプレイヤーたちの何名かはそこで脱落している様子も見える。

「真っ当に進んでたらいつまでもトップには追いつけないな」

「どうしますか」

「ショートカットする」

 トルネードコースは、三六◯度回転する難所があるが、それを突破するため、レースカーを加速させるエアブーストパネルが存在する。落下するより速いスピードで走り抜ける設計になっているのだろう。

 トルネードコースの周囲にはホログラムリングがあり、それらは障害物のミサイルを発射するのに使われている。光の輪の中央を通過した弾丸は加速し、トルネードコースの下層にある【フラクタルループ】というコースに向けられて攻撃を繰り出している。

 フラクタルループは巨大な螺旋状のコースが無限に連続するように錯覚する構造を持っており、走行者の感覚を惑わせる仕掛けがあるようだ。特に重力の反転ゾーンがあり、上下が逆さまになるコースの途中には、カートが空中で姿勢を維持することができるエアコントロールゾーンがある。マサキの狙いはそこだ。

「確かに、ホログラムリングを通過してフラクタルループまでショートカットすることは計算上可能です。ただし、リングの中心を正確に通過しない限り、加速が足りず、この電脳空間の下層に墜落する危険性が高いです」

「ショートカットにその手の危険はつきものだ。承知の上だよ」

「マサキ。これは、あなたの想像するようなではありません。一瞬の判断ミスが死に繋がる」

「理解してるさ。このまま愚直にレースを続けても勝ち目はないことも」

 勝ち筋があるならそれに乗る。

 負けるにしても派手に散った方が良い。

 怖くないと言えば嘘になるが、なぜだか不思議な自信がマサキの中にはあった。

 パートナーと名乗ったこのシロという青年が、幼い頃に見て憧れた、トッププレイヤーにそっくりだからだろうか。はっきりとした理由はわからないが、今までの経験に加え、マサキの直感が、この程度なら乗り越えられると確信していた。

「了解しました。では、私もサポートしましょう」

 マサキの判断が揺るぎないものと判断したのか、シロはすぐさまサポートモードに切り替わった。

 エアブーストパネルに乗り上げ、車体が加速する。ただし、その方向は完全にコースアウトの方向だ。

 迷いなく、空中へと身を投げたレースカーは、そのまま真っ直ぐホログラムリングの中心へ突っ込んでいく。

 狙い通りの地点を通過すると、今度はものすごい加速がマサキを襲った。

 そもそも、ミサイルを発射するような加速用装置だ。身体にかかる重圧がとんでもない。

 歯を食いしばりながら、なんとかハンドルをコントロールする。

 狙うはエアブーストパネルだ。ミサイルと同じ軌道を辿れば、フラクタルループの壁に激突するだけである。

「シロ、――!」

 落下の最中、マサキは叫んだ。

 周囲にはいくつもの機雷。

 ショートカットを狙うプレイヤーを妨害するために放たれたそれは、マサキの車を爆撃せんとして襲いかかってきた。

しました、マサキ」

 それらの機雷の数個に狙いをつけ、シロは迷わず、光線銃を発射する。

 狙撃したのは十時の方向。

 数秒後にはコースに激突する直前だったレースカーは、機雷の爆風によってあおられ、浮かび上がり、そして、エアブーストパネルに"着地"した。

「マサキ、あなたは想像したよりも度胸がある人間のようです。コントロールさばきも素晴らしい」

「そりゃどうも。これでもレースゲームはやりこんでるからね」

 緊張と興奮で先ほどから喉はカラカラに乾いているが、軽口を返せるほどのゆとりは出てきた。

 今のショートカットで、マサキのレース順位は三位に繰り上がる。

「マサキ。ここのコースの仕掛けは、先ほどの落下中にほぼ百パーセント把握しました。ナビゲーションは私に任せて下さい」

「どんな記憶力だよ。……まあいい。シロ、君が何者かは、後でゆっくり話してもらう。とにかく、今は君を信用する」

 言いたいことも聞きたいことも色々あるが、今はレース中だ。

 フラクタルループは迷宮のような構造だが、正しいルートさえ選択できれば、すぐに突破できる。

 モニターを見ると、後続の佐々木も同じ方法でこのフラクタルループに迫ってきているのが確認できた。

 彼だけではない。多くのプレイヤーたちが、マサキを真似て、半ば自殺行為に近いプレイングをしながら、次々とレースカーで宙空に身を投げだしている。そして、予想通り皆、次元の狭間に落下していった。

 マップを確認すれば、後続のプレイヤーたちの光が、次々と消えていく。

 全員ゲームオーバーになってしまったか――と、考えたのも束の間。マサキの後方数十メートル付近に、急速に、それらのプレイヤーが"復活"しはじめた。"再登場リスポーン"だ。

「マサキ!! お前みたいな綺麗なプレイングしなくたって、このゲームは攻略できるんだよ!!」

 モニター越しに、先ほど落下したはずの佐々木の声が響いてくる。

 侵蝕は先ほどよりも進んでいるのか、レースカーも刻一刻と黒化しているように見えた。

「完璧でお上手な方法じゃなくたって、レースに勝てればいい! そうだろう!? 見ろよ、この車体!! この試合は、"死ねば死ぬほど強くなる"んだ!! お前も早く一回"死んで"みたらどうだ!?」

「そうか。落下したプレイヤーはレースが簡略化されるんだな」

「そういうことだ! だからお前も――――」

「冗談だろ。そんなの全然面白くない。最難関だからこそ、攻略することに意味がある。おれは難易度を下げられる方が嫌だ。それって、って言ってるようなものだからな」

「はァ? 形振なりふりなんてどうでもいいだろ!? このゲーム、優勝できなきゃ意味がないんだぜ!?」

「そうだな。このゲームの仕様はなんとなく理解できた。でも、だからこそ、このまま一度もコースアウトしないで勝てる方が"気持ちいい"だろ。――急ぐぞ、シロ!」

 佐々木はまだ何か言いたげだったが、時間が惜しい。

 彼らがパワーアップして挑んでくるのであれば、マサキは余計猶予がなかった。

 周りのクラスメイトのことよりも、今は自分のことに集中すべきだ。それに、死ねば死ぬほど強くなる、というのは、シロの話を聞いている以上、なおさら受け入れるべきではない気がした。

 マサキは、絶えず変化を繰り返すコースに飛び出しながら、ゴールへ向かって疾走を続ける。

 ここを抜ければ、いよいよ最終コーナーだ。

 後背から追いすがってくる佐々木の存在を気にしつつも、マサキは首位を走るプレイヤーたちを追い抜くため、先を急ぐのだった。




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