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第4話 共同生命体/パートナー

 目が覚めると、そこはどこかのコクピットだった。

 身体はシートに固定され、動こうとするときつく締め付けられる。耳に刺さるエンジンの轟音が、ここがどこかの運転席だということを寝起きの頭に伝えてきた。

「なんだ、ここは……?」

 先ほどまで、確かVR演習場にいたはず。

 周囲を見渡すと、視界に飛び込んでくるのは見たこともない計器類だ。金属光沢のあるパネルに、無数のボタンとスイッチ、そしてハンドル。眼前にある巨大なフロントガラスは湾曲しており、外の景色が歪んで見える。室内の様子から、レースカーの中のようだが、なぜ自分がこんな状況に置かれているのか、まったくわからない。

『レース開始、三秒前です』

 マサキの混乱をよそに、目の前のモニターに、突如、カウントダウンが現れた。

「ちょっと待――――、うわっ!」

 エンジンが一段と大きな唸り声を上げた瞬間、車体が弾けるように前方に押し出される。

 同時に、頭が背もたれに叩きつけられ、意識を飛ばしそうになったが、しかし、すぐに気を取り直す。

 目の前に広がったのは、荒廃したサーキットだ。

 トラックはひび割れたり、ところどころ寸断していたり、物理法則に逆らった曲がりくねりかたをしている。

 コースの両脇には火花を散らしながら燃え盛る障害物があり、少しでも気を抜けば、接触して車体が炎上し、ゲームオーバーだ。

「ゲーム……これは、eスポーツ、なのか……?」

 トラックを取り囲むようにそびえたつ、巨大な観客スタンド。

 上空にはドローンのような小型飛行機が無数に飛び交い、レーザーを照射しながら、コースを撹乱している。

 レースに参加しているのはマサキだけではない。スピードを出しながら、この狂気のサーキットに乗り上げ、誰も彼もがアクセルを踏み、ゴールを目指している。

 モニターを見れば、マサキは既に遅れを取っている状態だ。状況は未だに呑み込めていないが――ともかく、これがゲームなのであれば、勝利しなければならない。

「周囲の障害物が多い。他の車体は何かしらの武器を積んでいる。――それなら、」

 自分のレースカーにも、必ず何かしら攻撃の手段が備わっているはず。

 手当たり次第に車内のパネルに触れると、コクピットの天井から、銃らしきものが降ってきた。それ自体は銃の形をしたコントローラーに見えるが、試しにコースに向かって引き金を引いてみれば、障害物のひとつに光線が突き刺さり、無力化された。どうやら、レースの妨害をするものは、これで排除するらしい。

「ハッハッハァ! さすがに飲み込みが早いなァ、マサキ!」

「――! この声は」

 モニターを見れば、マサキの背後から、真っ赤なレースカーが、猛スピードで追い上げてくる。

 その車から聞こえてくる声は、おそらく佐々木のものである。

「このレースは俺が勝つ! お前だろうと邪魔はさせねえ!」

 直後、車体と同じ大きさはあろうか、というミサイルが佐々木のレースカーから発射され、それらは猛スピードでマサキの方に迫ってきた。

 ハンドルを切り、タイヤが軋む音と共に紙一重でかわすが、すぐに別の障害物が迫ってくる。

 信じられないことだが、レース沿いに設置されていた信号機がひとりでに動き出し、ぐにゃぐにゃと踊り狂いながら突進してきたのだ。

「まずい、避けられない……!」

 衝撃に備え、身構えた瞬間――――目をかんばかりの閃光が走った。先ほど意識を失う直前に見た時と同じ、真っ白な光だ。

 まばゆい光線が信号機を撃ち抜き、爆発音と共に、それがコース外に弾き飛ばされる。

 やがて、モニターに映し出されたのは、純白の装束を身にまとい、どこか現実離れした風貌をした美しい青年だ。

 この異常な熱気の中でも涼し気な表情を浮かべたまま、彼は口を開く。

「登録ID『シロ』端末を起動。マスターアカウント、『マサキ』を確認。これより、同期します」

 無重力で漂うかのように宙に浮き、フロントガラスをすり抜けてきた『シロ』と名乗る青年の顔は、近くで見れば見るほど、マサキがかつて見た幻のeスポーツプレイヤーに瓜二つであった。

「君は、一体……」

 マサキの問いかけを待たずに、白磁のように美しいシロの手が、左胸に触れる。

 シロという男は、立体映像ホログラムのように希薄な存在に見えたが、彼の指先は、沈み込むように、マサキの肌を突き抜け、心臓部に達した瞬間、ドクン。と、ひとつ、大きく鼓動が跳ねた。

 突如として、心臓を通じ、沸騰した血液が、脳の神経を焼き切らんほどの衝撃を与えてくる。

 チカチカとフラッシュバックのように、知らない記憶が脳裏に入り込み、それらの景色がまぶたの裏に広がった。


 空から地上に降り注ぐ黒い雨。

 逆らうように天へと昇る幾筋もの白い光。

 崩壊していく大地と、闇に呑まれていく惑星。

 次元の角から響くおぞましい声から逃れ、幾億光年も果てしない銀河を迸りながら進む、流れ星。


 自分の身体に、自分以外の意思や生命が入ってくる不快感に脂汗をかく。魂を、脳を、直接無遠慮に触れられているようだ。

 永遠に続くような拷問に思えたが、時間にすると、ほんの数秒の出来事だった。

「ルート構築完了。これで正式に、あなたと私は生命共同体パートナーです」

「パートナー……?」

 オウム返しに尋ねるが、シロはその問いには答えず、コクピット内のハンドルを握り、コーナーぎりぎりを攻めるようなドリフトを始めた。

 直前まで進もうとしていたコース上に、ヘドロのような攻撃がなされ、コース上はベタベタと黒い粘着性の液体で覆われる。

 後続車が何台も巻き込まれ、追突事故を起こす様子を尻目に「説明はあとです」と、シロはマサキにハンドルを返しながら、マサキのシートの後ろに立つ。

「あなたにはまず、このレースを終える使命があります。私がサポートしますから、まずはゴールまで向かいましょう」

「使命って……うわっ!」

 空中にツイストしていくようなコーナーに突入し、世界がぐるぐると回っていく。

 どのような物理法則が働いているのかはわからないが、落下しそうな角度になっても、車体はぴったりと道路に貼り付いたまま、コースを突き進む。

 その途中でも無差別なビームが飛んできたり、ところどころジャンプ台が設置されていたり――初見コースをコーナーアウトせずに進むのもそうだが、障害が絶妙な方向から攻めてくるため、これらを回避するにも集中力を要する。

「よくわからないが、とにかくこのレースに勝てばいいんだな!」

「はい。この感染を一刻も早く止めるには、それが最善かと。あなたの学友の命を助けるためにも」

「どういうことだ?」

 問いかけると、シロはモニターを操作して、並走しているプレイヤーたちの顔を映し出した。

 他のカーレースを運転しているのは皆、マサキのクラスメイトだ。

 そしてその全員が、皮膚や眼球に赤黒い染みが浮き出し、得体のしれない生命体に侵蝕されつつあるようだった。

「なんだこれ、みんなの様子がおかしい……助かるのか!?」

「あなたが勝利すれば、私の力をもって彼らを助けられるでしょう。あなたが脱落すれば、そのときは、彼らも私達も、命はありません」

 マサキの質問に、出会ったばかりのパートナーは、淡々と返す。

 これが現実なのか、仮想現実なのか、マサキにはまだわからない。

 しかし、シロの言葉は、冗談には聞こえなかった。

 誰かのためになんて、柄ではない。

 命を懸けた戦いになんて臨んだこともない。

 だが、他に手段がないのであれば。

「わかったよ。――やろう」

 自分のスキルで皆を救えるのであれば、覚悟も決まった。

 第一、このような超難関ハーデストコースを攻略できるのは、このクラスでは自分だけだ。

 マサキはハンドルを握る手に改めて力を込め、アクセルをさらに強く踏み込むのであった。

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