午前の退屈な座学を終えた後、昼食もそこそこに、マサキをはじめとする生徒たちは校舎の中庭を抜け、無機質なVR競技場へと向かっていた。
学内のVR競技場は複数あるが、今回はチュートリアルということもあり、マサキたちのクラスが割り当てられたのは、大人数用の演習エリアだ。
鋼鉄とガラスで形作られたその空間には、生徒一人ひとりに専用の座席が設けられている。
競技場の中央に設置された、無数のデータが絡み合うモニタリングスクリーンには、座席についた生徒たちのバイタル数値や成績が映し出されており、高速演算を行うAIによってその日の健康状態をトレーナーの講師たちが瞬時にチェックできるような設計がなされていた。
「全員、自分の席について、端末を起動しろ」
既に競技場に来ていたらしい
マサキが黙って席に着くと、佐々木がすかさず隣に着席し、「またマサキの隣かよ~」とクラスメイトたちがからかったが、担任教師から注意が飛べば皆、唇を引き結んだ。
「あれ? トドロキせんせぇー、なんか回線の調子が悪いです」
教室後方から、端末を立ち上げていた生徒がひとり、そのような声を上げる。
すると、あちこちから「あれ、俺のも調子悪い」「僕のも」と、同様のトラブルが報告され始めた。
「ふむ……さっきまでは問題なかったはずなんだが……」
「回線の確認をしてくるか……。少し待っていろ」
生徒たちに軽く頷くと、
そしてVR競技場に残された生徒たちは、担任の姿が見えなくなった途端に、一斉にお喋りを始める。
やれ、今日のチュートリアル戦場はチーム戦ではなくソロプレイなのではないかとか、ソロでも協力は可能ではないか、とか。ゲームの話題がのぼったかと思えば、急に好きなeスポーツ配信者の話題が別のグループから始まる。
そして、様々な話題が入り混じり、数分としないうちに、混沌とした話題がそこらじゅうで交わされる様相となった。
「そういやさあマサキ。むかしインタビューで答えてた憧れの人って、一体誰なんだ?」
手持ち無沙汰になった佐々木も、ご多分に漏れず、世間話を投げかけてくる。
普段ならば無視を決め込むところだが、やることもないので、マサキは珍しく会話に乗ることにした。
「おれが小さい時に、一瞬だけゲーム配信してたチャンネルがあったんだ。【
「ああ~! なんか聞いたことあるぜ! スーパープレイがすごい繰り広げられてた配信だったけど、ある日いきなりチャンネルごと消えたっていう、あの都市伝説だろ!?」
「都市伝説じゃない。一応、ミラーサイトにいくつかログが……ん?」
マサキがインターネットを開こうとスマートフォンを手に取ると、ロック画面にノイズが走っていた。どうやら、砂嵐になっては元に戻り、また砂嵐を起こし――という状況を繰り返しているようだ。
「え、大丈夫かよお前のケータイ。なんか磁石にでも近づけた?」
「いや……。心当たりがあるとすれば、
言いながら、今朝渡されたデバイスを取り出すと、砂嵐を繰り返していたマサキのスマートフォンの画面は、あっという間にブラックアウトしてしまった。
「おい、マサキ。画面、消えたぞ」
「ああ。……ローバッテリーみたいだな」
「ええ? いや、でもいま、八割くらい残ってなかったか……? って、俺のケータイも充電切れてる!?」
佐々木は、慌てて自席に備え付けられている充電コードを差し込む。しかし、充電開始のマークはいつまでも点灯せず、それどころか、競技場の電気まで徐々に暗くなり、ついには室内が真っ暗になってしまった。
「えっ、なになに!?」
「トドロキが施設の再起動でもしてんの?」
「だからって真っ暗になる必要ある!?」
困惑しながら生徒たちがどよめきたつと、中央に設置されたモニタリング用のモニターに、突然映像が映し出された。
『エクリプス・エンブレムをネットワークに接続してください』
無機質なディスプレイは、そのような文字だけ映し出し、生徒たちに指示を出す。
この時、この場にいた生徒たちは皆、ああ、この大会は、そういう演出なのか。と感じた。
いわゆるドッキリとかの類で、最新デバイスの演出をしたいとか、そういった計らいなのだろうと。――そう思いたかった、とも言える。
「ええーっ、これってそういうことだよな……? な、なんだよ、驚かせないで欲しいよな……」
「……いや。だが、チュートリアル開始まで、まだあと五分あるぞ」
「まーなー、トドロキセンセーがうっかり早めに開始ボタンでも押しちまったんじゃねえの? 不具合出てたみたいだし。ちょっと早めに試せるならラッキーじゃん」
佐々木をはじめ、周りの生徒は全員、特に疑問に思うことなく、楽観的に画面の指示に従って端末を起動させていく。
(予定が早まったのか? いやしかし、イレギュラーが発生したのであれば、事前に通達が来るはず……)
何か、おかしくないか?
マサキが内心でそう呟いた瞬間、隣の座席から突如として、つんざくような悲鳴が上がった。
「ウワァアアアアアア!!!」
思わず、声の方に顔を向ける。
先程までリラックスした様子で座席に座っていたはずの佐々木は、突然もがき苦しみだし、そして、何か見えないものを振り払うかのように「来るな! こっちに来るなよぉ!」と暴れながら、床に転がり、地面を這い始めた。
一体何が起きたのか。理解が追いつかないうちに、周囲にいた生徒たちも同様に叫び、苦しみ始めたため、マサキは慌てて中央のモニタリングスポットへ走った。
『An unexpected error has occurred.(予期せぬエラーが発生しました)』
ブラックスクリーンに赤文字で、ただ一言、その文字が浮かび上がっている。
生徒たちのバイタルを確認すると、通常オールグリンであるスクリーンが、どれもこれも『レッドゾーン』――危険域に達している。
VRが生み出す仮想現実は、現実との境目を曖昧にしやすいため、脳への負担も大きい。モニターが真っ赤になるのは危険な状態になのだ。
「まずい、強制終了しないと……!」
理由はわからないが、クラスメイトたちはいま、恐慌状態に陥っている。
正直、彼らと過ごした時間は半年にも満たないし、特別に親しい関係性のものがいるわけでもない。しかし、程度の違いはあれど、同じ目標と志を持つ学び舎の仲間だ。さすがにこのまま放ってはおけないし、そこまで冷酷漢のつもりはない。
「これか!」
マサキは通信を強制遮断するための緊急停止ボタンをためらいなく押した。
――しかし、反応はない。
それどころか、画面には『回線は起動していません』と表示された。
だが、全員の
信じられないことだが、今このVR競技場は、どこのネットワークにも繋がっていないにも関わらず、エクリプスは何かのネットワークを受信している状態なのだ。
「どういうことだ――! うわっ!」
他の原因を探るため、マサキが周囲を再び見回そうとすると、突如として、手元にあった端末が輝き出した。
それは、マサキの
「チュートリアル開始の時間か……いや、今はそれどころじゃないが!」
とにかく、この端末の光は眩しすぎる。視界が焼き付くような輝きだ。
一旦、この電源を切らなければ。
終了ボタンを押すために、デバイスに手を伸ばす。
その瞬間――マサキの意識は、まばたきもしないうちに断線した。