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第2話 デバイス

 ネオアカデミアの校舎は、近未来的なデザインが目を奪う。コンクリートとガラスが無機質な直線を描き、廊下の天井には青白いLED照明が規則的に並んでおり、まるで電子回路が広がるかのように冷たく淡い光が床を照らす。

 初めてこの校舎を目にした者は、「実験施設のような雰囲気だ」と漏らすことも少なくない。実際、マサキ自身、この校舎の第一印象は、自分がモルモットになったような感覚で、お世辞にも好意的には受け止められなかった。

 廊下を歩きながら窓の外に目を遣ると、先程目にした発電所の鉄塔が視界に入る。

 高さ数十メートルの鉄塔がいくつも並び、そこから絶え間なく供給される強力なエネルギーは、VRシステムやトレーニング機器、各種AIサポートシステムを支えている。これだけの設備が整えられているのは、さすがはeスポーツのエリート名門校といったところだろう。

「おはよ~諸君!」

 静かに開く教室の自動ドアとは対照的に、廊下に反響するほどの大声で挨拶をしたのは、マサキの隣にくっついて登校してきた佐々木だ。

 最初の頃はその賑やかさにマサキも顔をしかめていたが、二ヶ月もするとこのうるささにも慣れ、最近は遮音ヘッドホンでやり過ごすようになった。

「まあたマサキにくっついて登校してきたのかよ、佐々木」

「おい! 人を金魚のフンみたいに言うんじゃねえ! マサキだって同意の上だ!」

「あーはいはい、マサキが無口なのをいいことにね、お前ってそうやって都合よく解釈するよね。佐々木が迷惑だったら口に出していいんだからな~!」

「なにをー!?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ佐々木とクラスメイトたちのやり取りを尻目に、マサキは自分の席に着いた。

 教室内にはすでにほとんどのクラスメイトが席についており、誰もが目の前のホログラム端末を操作し、データを管理したり、トレーニング映像を確認していた。最新のインターフェースが備えられた机は、指先の動きに反応し、ホログラフィックな映像や情報が浮かび上がっては消えていく。

 マサキも今日のスケジュール一覧とタスクリストを表示するが、朝の予定は『最新デバイスオリエンテーション』、午後の予定は『最新システムチュートリアル』と書かれており、全校生徒参加と書かれていた。

「今日は学級対抗で最初の選抜らしいぜ。勝ち抜けは各クラス2名だけ! ま~俺たちのクラスはマサキで1枠埋まってるようなもんだから、残りの枠の取り合いだけどな~!」

 佐々木がまたもクラス全体に聞こえるような大声でそんな発言をすれば、クラスメイトたちの注目は一気にマサキに集まる。

 羨望、嫉妬、期待、疑念。それらが入り交じる視線を受け流しながら、マサキは自身のタブレット端末を静かに起動させ、眉間にしわを寄せながらため息をついた。

 五十右いみぎマサキという少年は、eスポーツ界でも一目置かれるほどのトップランカーの一人でありながら、目立つことを好まずに今まで活動してきた。人気配信者になった方がオファーも増える世界ゆえ、愛想はある程度あった方が良いのだろうと理解しているが、どうにも苦手なのだ。面白おかしくお喋りをし、時には視聴者のコメントを拾いながらゲームプレイをするというスタイルが。

 彼自身は、eスポーツの世界はそういった動画配信者としてのタレント性がなかったとしても、プレイングだけで視聴者を魅了できると考えている。不特定多数と語らいながらパフォーマンスも最高のものが出せるのであれば、もちろんそれに越したことはないだろうが、マサキはそこまで器用な人間ではない。

 実際、このスタイルを貫きながら、今や名門校に編入できるレベルまで到達している。それに、クラスメイトたちも結局のところライバルに違いはない。それであれば、学生生活を円滑に運営していくために、必要最低限の会話だけで済ませたいのだ。

「今日もマサキくんって超クールだよね」

「変に媚びたりしないでゲーム一筋ってところがたまんない~。ああいう人ほど、誰か好きな子ができたらゼッタイ大事にしてくれるって思わない?」

「マサキくんに比べて、ウチの他の男子って子どもだよね~」

「なにをー!? 年相応の男子高校生らしくて、よっぽど可愛らしいと思わないのか!?」

 マサキの周りでは、マサキを置いてけぼりにいつもやいのやいのと議論が始まる。

 そのような談笑の時間があるなら、少しでも有意義な時間に使えば良いのに、なぜしないのだろうか。

 マサキは、常にゲームでは一番であれ、と心がけ、努力を惜しまず生きてきた。それゆえ、クラスメイトたちに対し、名門校に集った人間でありながら覚悟が足りないと感じている部分もある。別クラスには何人か突出して優秀な生徒もいるようだが、かなうことならば、同じ学級にそういった生徒を編成してほしかった。

 そんな不満を内心で漏らしながら、マサキは授業の準備を整え始める。ヘッドセットや各種デバイスのバッテリー残量、予備デバイスの確認などをしつつ、昼食のメニューの予約まで済ませるのが、この学校の生徒の朝の日課だ。

「そういえばマサキくんってどうしてeスポーツ始めたの? ただのゲーム好き?」

「子どもの頃に見たゲーム配信でスゲー人がいたからって話だよな? なんかどっかの優勝インタビューで見たぜ」

「えーっ佐々木詳しすぎてキモッ!」

「キモイってなんだよ!! そういやあ、その配信者って一体どこの誰――」

 キーンコーンカーンコーン。

 佐々木の話を遮るように、ホームルームのチャイムが鳴り響き、生徒たちは慌てて自分ったちのデバイスの設定を始めた。

 そして、教室内のざわめきが少しずつ収まってきたところで、ドアが開く。

「ホームルーム開始。全員、着席」

 黒髪を短く整え、すらりと背の高い男性がゆっくりと入ってくる。彼は八十八騎とどろき ぜん――このクラスの担任であり、eスポーツのトレーナーとしても知られる人物だ。黒のジャケットがよく似合い、堂々とした雰囲気が漂っており、学校内でも人気教師の一人である。

「トドロキセンセー! おはよーございます!!」

 慌ててデバイスのセッティングを終えた佐々木は、ごまかすように愛想笑いをしながら大声で挨拶をした。

 八十八騎とどろきはきっちりとした性格で、自分がホームルームで話を始める前に席に座っていないと厳しく遅刻扱いすることでも知られている。このため、全員慌てて着席するのだ。

「ああ、おはよう諸君。全国大会の報せはニュースで皆、目にしていると思うが、今回の大会では、最新インターフェイスを取り入れたシステムの発表も大きな目玉となっている」

「ああ、どっかの大企業が鳴り物入りで作ったやつですよね。スッゲーハイテク積んでるってニュースで見ました!」

「そうだ。まずは、一人一台ずつ、今回の大会用に作られた最新デバイスを配る。名前を呼ばれたやつは取りに来い。まずは五十右いみぎ

「――はい」

 マサキが席を立ってデバイスを受け取りにいくと、八十八騎とどろきは真剣な眼差しを向けてきた。

五十右いみぎ。お前にはみんな期待している。お前がこのデバイスをどう使いこなすか、楽しみにしているぞ」

「はい。……ありがとうございます」

 マサキがその言葉に頷くと同時に、クラスからはブーイングが上がる。

 八十八騎とどろきはどうにも自分を特別扱いしているところがあった。特待生として編入している以上、ある程度は仕方のないことなのだが、あまりにもあからさまなので、正直なところ少々迷惑している。

 しかし、そんなことを自分のトレーナーに面と向かって言えるわけもない。やれやれとため息をつきながら、マサキは自席に戻り、手渡された端末に視線を落とした。

「エクリプス・エンブレム……?」

 騎士のようなエンブレムが彫られたその端末には、そのような名前がつけられていた。

 本体は卵型をベースに、片側が羽のように広がった形状であり、まるで片翼を模したようなデザインだ。

「センセー! このエクリプスとかいうやつ、ちっこい機械だけなんですけど、他にパーツとかないんですか?」

「ない。ゲームに必要な道具はそれだけだ」

「は!? どーやってこれだけで遊ぶんですか!?」

「それは遊んでみてからのお楽しみだな。ひとまず各自、IDとパスワードの登録を済ませておけ」

 八十八騎とどろきの指示を受け、クラスメイトたちはデバイスの登録を始めた。

 IDはプレイヤー名である自分の名前。パスワードに端末を保護するためのセキュリティキーを登録しおえると、最後に『端末名を設定』という項目が画面に浮かび上がる。

「先生、端末名ってのも出てくるんですけど、これはなんですか?」

「ただの識別名だ、好きな名前にするといい。もっとも、今後諸君のデバイス名として大会に登録されるものでもあるから、あんまり変な名前にするなよ」

「ふふん、なるほどな。決めたぜ……この俺、佐々木のデバイスはインパクト勝負にかけて『スカーレット・フレイム』と名付けよう!どうだ!」

 あまりのダサさと厨ニ病炸裂なネーミングセンスに、クラスからは一斉に批判の声が上がった。

 しかし、佐々木は名前に自信を持っているのか「ひがむなひがむな、下々の民よ!」と誇らしそうに胸を張って高笑いをしている。

「いや、佐々木のとかどーでもいいわ。ねえねえ、五十右いみぎくんは? なんて端末名にするの?」

 クラスメイトならびに、八十八騎とどろきの視線が、一気にマサキに集まる。

 eスポーツランカーに名を連ねる彼ならば、きっと素晴らしい名称をつけているに違いないだろう。

 そのような皆の期待を一身に受けた期待の星は、しかし、周囲の幻想を粉々に打ち砕くような名前を口にした。

「『シロ』。――おれの端末デバイス、白いから」

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