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ディ・ヴァイスゲーム
寅乃ケイ
ゲームゲーム世界
2024年10月29日
公開日
3,483文字
連載中
名門校《ネオアカデミア》は、未来のトップeスポーツ選手を育成する競技者たちの聖地。ここで次世代eスポーツ大会の予選が開催され、名誉と栄光を目指す選抜プレイヤーたちが集結する。しかし、この大会には大きな目的が隠されていた。

学校の最新システムと仮想空間を舞台に、さまざまな能力を持つプレイヤーたちが競い合う中、大会は予想外の事態に見舞われる。突如、謎の電子生命体が現れ、ゲームシステムを乗っ取り、トーナメント全体が未知のバグに支配され始めるのだ。

物語の主人公は、若き天才プレイヤー『マサキ』。そして、彼の相棒であるアンドロイド『シロ』。共に戦うバディである二人だが、シロにはマサキも知らない「秘密」があり、マサキは次第にこの大会が単なるゲームの枠を超えた、危険な戦いであることを知る。大会が進むにつれ、マサキは仲間や学校を守るため、人生最大の決断を迫られることになる。

人間と、遥か未来の技術から生まれたアンドロイド、そして宇宙からの脅威──それぞれの思惑が交錯する中、マサキとシロは世界を懸けた「究極の戦い」に挑むことになる。

第1話 マサキ

 eスポーツ――それはデジタルアリーナで行われるゲーム競技。トッププレイヤーたちは世界中のファンの歓喜を背に、限界まで研ぎ澄まされた技と知恵をぶつけ合う、智慧ちえの祭典。

 コンソールの向こう側には、見えない敵と味方が無数に存在し、一瞬の判断で勝敗が決する。

 この世界には、見えない敵が潜んでいる。

 それはシステムの奥深く、電脳の奥底で、人類の理解を超え、静かに蠢く闇。目には見えず、言葉も通じず、次元の曲がり角の向こう側で、けれど、確かに存在している――宇宙から迷い込んだ異質な意志。

「こんなものは、ただのゲームだ。そう思っていたんだ」

 自己否定のように呟く青年は、ヘッドセットを外して、その眼に飛び込んだ世界を凝視する。

 現実と仮想の境界が曖昧になった瞬間、今までの常識は崩れ去る。思い返せばそれが、真の戦いの始まりだった。




   ◆◇◆




 朝の空は、薄曇りに覆われていた。

 けれど、空はやけに明るい。雲間から覗く光は、いつもより鋭く、どこか不吉な色合いを帯びているようにも思えた。

 午後には晴天に変わるのだろうか。焦げ茶色の短髪が風に揺らしながら、黒い瞳で、今日の空模様を一瞥したのち、青年――五十右いみぎマサキは通学路を歩き出した。

 ブレザーの制服に身を包み、小綺麗にはしているものの、いささか華には欠ける。どこにでもいるこの男子学生の肩には、最新のギアとデバイスが詰められたバッグが揺れていた。

 通学路沿いには、『eスポーツ全国大会【Brave(ブレイブ)】』の告知ポスターが至る所に貼られていた。今年初めて開催される新たなシステムが取り入れられた大会で、全国の学校が代表選手を選抜し、彼らが電脳空間で激しいバトルを繰り広げるという触れ込みだ。

 街中の電光掲示板にも、今週から始まる大会の話題が映し出され、注目の選手や名門校の名前が華やかに並んでいる。その中に、マサキの学校『ネオアカデミア』の名もあり、代表注目候補の一人に【マサキ】のプレイヤー名が大きく掲げられていた。

「たかだが高校生のeスポーツ大会だっていうのに、大げさだな」

 ため息混じりに、件の注目選手であるマサキは独り言を漏らす。

 名門校ネオアカデミア――日本有数のeスポーツの訓練場と名高いこの学校は、未来のトッププレイヤーを育成するための場所だ。マサキは今年で二年生だが、ネオアカデミアには春に編入してきたばかりである。控えめな外見と佇まいであるが、eスポーツの世界で【マサキ】というプレイヤーは国内外にそれなりに名が知れ渡っている若手選手の一人であった。

 奨学金や大会出場費用の補助、スポンサーのバックアップなどの条件に惹かれ、スカウトを受けてネオアカデミアにやってきたが、転入して以降、様々なメディアが自身のことを必要以上に囃し立てようとしてくるのには辟易している。髪色・服装、全て自由な校風でありながら、マサキが模範的な学生の姿を貫いているのは、売名のためにeスポーツに興じているわけではない。という彼自身の反発心のあらわれでもあった。

 鬱屈した気分を振り払うように頭を振り払い、マサキは学校に向かう駅の改札へ向かおうとしたその時、背後から軽い声が響いた。

「おーい、マサキ!」

 振り返ると、自転車置き場から駆け寄ってくる男子学生の姿が見えた。金髪にピアス、ラフなトレーナーにジーパン姿の少年は、ともすればマサキに絡んでくるただの不良にしか見えないが、その表情は明るく、親しみやすさを感じさせる。

 彼はマサキの同級生、佐々木ささき大和やまとだ。ネオアカデミアには入学当初から通う生徒であり、マサキが編入して同じクラスになって以来、なぜかよく声をかけてくれている。

「よ! 相変わらず仏頂面で歩いてんな~! あー駅員さん! ロープウェー、俺も一緒に乗るからちょっと待って!」

 駆け足で改札を抜けてきた佐々木は、自然な動作で駅のホームに立つマサキの隣に並んだ。すでに次の空中ロープウェーがゆっくり滑り込んでくるところであり、佐々木は「間に合った~」と肩で息をしながら、駅員に向かってVサインを見せるなどしている。

「そんなに急がなくても、ゴンドラは逃げないぞ」

「お前のいるゴンドラは逃げるだろ! 五分も一人でこんな個室にこもって何してろってんだ」

 五分もあればログインボーナスの回収なり、ネットニュースの確認なりできるのではないか。

 心の中で反論しつつ、必要以上のことを口に出すのも面倒なマサキは、了承も拒否もせずそのままロープウェーに乗り込む。そして、佐々木はその無言を了承と取り、自身も笑顔で後に続いた。

 ゴンドラは小型で、三~四名ほどが座れるほどの広さだ。四方に設置された大きな窓からは、周囲の風景がよく見渡せるようになっている。吊り下げられたロープに沿って、絶え間なく運行するゴンドラは、ネオアカデミアの生徒にとっては欠かせない交通手段のひとつだ。

 ゴンドラが動き出し、ホームを離れると、窓の向こうにはネオアカデミアの広大な敷地が広がり始めた。ネオアカデミアは街中から少し離れた山間に、広大な敷地を持つ巨大施設であり、敷地内にはロープウェーかヘリコプター以外で行き来する手段はない。いわば陸の孤島のような場所に建っている。

「いや~通い始めてから結構経つけどさあ、最初は面食らったもんだよなあ。やっぱ名門って変なやつを出入りさせないとか、このへんのセキュリティが厳重なのもあるのかねえ。ほら、特にあれ」

 窓の外を指さしながら、佐々木は自慢げに語る。彼の指し示す方向には、山の守護者のようにそびえ立つ鉄塔が見えた。

「ネオアカデミアの名物っていったら、あの学校専用の発電所だよな。構内のVRシステムやら、最新設備も、あれで全部まかなってるんだぜ。よその私立だとさあ、電気代が本当にやばくて、学費も庶民じゃとてもじゃないけど払えない額ってことだが、うちの学校はなにせ超優秀な名門校! スポンサーもたくさんいて、国から援助も出てるって話だから、俺らみたいな庶民でも超立派な設備が使えて、いや、ほんとありがてえよな~! って、聞いてんのか、マサキ!」

 聞こえていると、無言で頷きながら、マサキもゴンドラの中から見える風景を改めて一瞥した。

 学校の敷地がある山は私有地らしく、ネオアカデミアの生徒と関係者以外の出入りが禁じられている。

 ロープウェーが学園のメインゲートに近づくと、赤い光を放つ監視カメラがいくつも校門に向かう生徒たちの方を向き、IDの入った端末を持たないものがいれば、ゴンドラの扉は開かず、乗車駅まで戻される仕組みになっているのだ。

 ID端末は生徒一人ひとりに配布される、複製不可のモバイル端末であり、腕時計タイプのものと、首から提げるカードタイプのものがある。マサキは腕時計タイプのものをつけており、IDが読み取られれば「登校」という文字が表示され、何時何分に生徒がその日、学校に来たのか記録される仕組みだ。

「麓の学生とかはさ~、未だに電車とか遅れたら遅延証持って職員室とか行かなきゃいけないらしいぜ。よそもうちみたいに完全デジタル化すればいいのにな!」

「一般的な学校にはこんな予算はないだろう」

「あ、そっか。やっぱこういうのって金かかるんだな~」

 佐々木は首から提げた自らのIDカードを掲げながら、誇らしげに笑う。

 そんなクラスメイトの表情をよそに、マサキは内心「学校にしては厳重すぎるくらいだ」と感じてもいた。専用の発電所、専用のロープウェー。専用のゲート。初めてこの学校に来たときは彼も面食らったほどだ。

 今でこそ、この厳重なセキュリティも含め、もはやマサキの日常の一部になりつつあるが、心のどこかで今でもこう思っている。これはまるで、ゲームの設定でよく見るような軍事施設のようだ、と。

「ッ――!」

 ゴンドラが学校に到着し、校内に足を踏み入れた瞬間、マサキのこめかみに鋭い痛みが走った。

「ん、どうしたマサキ」

「いや……気のせいだ。なんでもない」

「頭痛か~? あーでも、今日ちょっと天気悪いからな~。毎日画面見てると、俺も眼精疲労っての? あれが来るからよくわかるぜ~」

 上履きに履き替えながら、佐々木は軽い足取りで教室に向かって歩いていく。

 その背中を見送りながら、マサキはもう一度、空を仰ぎ見た。

 街中よりも、ネオアカデミアは標高がある。そのせいだろうか。曇天の空が、異常に近く感じられた。まるで今にも手を伸ばして、こちらに降り注がんばかりの空気に、マサキは思わず目を逸らす。きっと、昨夜、遅くまでやり込んだゲームのせいだろう。そうでなければ、まるで空が生きているみたいだ、なんて錯覚を感じることもないのだから。


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