それから地下牢で夜が来るのを待った。
見張りの気配、足音が消えたのを確認して、ヴェロニカとアッシュは牢屋から出た。市庁舎の役人達が仕事を終え、帰っている時間帯だ。
「おい、お前」
アッシュとヴェロニカは、先程の囚人の元へ行く。
「しっかりしろ」
牢を開け、中へ。隅で項垂れていた。
着ている服は破れ、肌には痛々しい生傷。鼻血が口の周りで固まり、瞼は腫れて青くなっていた。
「アンタらか」と囚人。
「立てるか?」
ヴェロニカが言った。
「世話はしてやれないぞ」
「約束は守ったな」
囚人が壁に体重を預けながら、ゆっくり立ち上がる。
「さっきは助かった」
アッシュが言った。
「はは、俺の勝ちだ。賭けに勝ったんだよ」
囚人が笑う。
「ざまぁみろ」
「名前は?」
アッシュが聞く。
「ロドニーだ。殺しで掴まった」
「そこまで聞いてない。それで、これからどうする?」とヴェロニカが聞く。
「飯だよ、どいてくれ」
囚人が片足を引きずりながら牢を出る。
「よし、次はミラだ」
ヴェロニカが言った。
ミラも牢から出し、鎖を外してやる。
「行くぞ」とヴェロニカ。
「本当にいいんですか?」
ミラは戸惑っている。彼女からしたら、夫の仇討ちに失敗して牢獄へ繋がれたと思ったら、今度は脱獄だ。天国と地獄を行き来する様な一日に、混乱していても無理はない。
「遠慮するな」
ヴェロニカは言った。動き出す。
「見張りはどうする」とアッシュ。
この先には見張りがいる。ケケはもういない。協力者なしでどこまでいけるか不安だった。それに、ミラとロドニーもいる。素早い移動は望めない。
「いても二人か三人だろう」
ヴェロニカが拳を鳴らした。
「他の仲間も連れて行く」
「どういう事だよ」
「ここにいる連中を何人か解放してやる。そいつも解放したし、あと何人か出してもいいだろう」
ロドニーを見た。
「他にも解放って、どういう事だよ」とアッシュ。
「牢を開くって事だ。鍵はあるんだ、可能だろ」
「それはまずい。叔父さんに騒動は起こすなって言われた。少しは覚悟してたが、それはやり過ぎだ」
「お前は子供か」
「俺達も罪人になるぞ」
「バレなきゃ罪じゃない」
「絶対にバレるだろ」
「やれ、やらなきゃお前を殺る」
「派手な慈善活動だな」
アッシュは吐き捨てる様に言った。
「なら他に案はあるのか。ミラにこの手負いの囚人、四人で逃げ切る方法が」
「いつもそれだ、卑怯だぞ」
「どうやら賛同を頂けたみたいだな」
「好きにしろ」
「よし、ヴェロニカ様による慈善恩赦活動の時間だ」
その後は、大混乱しかなかった。
**
逃がした囚人達による混乱に乗じて、ミラを連れ出した。
市庁舎を出て、人通りが多いエマニ通りへ走る。騒ぎを聞きつけ、市庁舎へ向かう衛兵達とすれ違う度、アッシュの心臓が高鳴った。
「ここまでくれば安全だろう」
ヴェロニカが足を止める。
「上手くいったな」
満足そうな顔だった。
「俺達は重罪を犯した」
アッシュはやってしまった事の重さに怯えていた。
「ヤバい、叔父さんがマジで怒る」
「結果が全てだ。過程は気にするな」とヴェロニカ。
「おい、ロドニー。お前とはここでお別れだ」
「俺もそのつもりだった」
ロドニーが言った。背を向けて、イルタック川に向かってゆっくりと歩き出す。
「達者でな」とロドニー。
ロドニーが行った。
「どうするんだよ」とアッシュ。
これからの事を考えると気が滅入る。
「ミラ、コイツは臆病だな」
ヴェロニカはアッシュを指差して笑う。
その指をへし折ってやりたいが、返り討ちに遭うだけだ。堪える。
「これから私はどうすれば」とミラ。
「アッシュ、どこか静かな場所を知らないか?」
周りは酒場ばかりだった。
「ミラと話がしたい」
「この辺だと、一ついい所がある」
「どこだ」
「金はあるか? 少しうるさい女がいる」
「そこは任せろ」
「案内する。直ぐ近くだ。後、出てきた女にはデブって言うなよ」
「お前の女はデブなのか」
「女じゃない、知り合いだよ。とにかくデブって言うなよ」
トレシアの家へ向かう。
「絶対にデブとか言うなよ」
**
「アッシュかい、またこんな時間にやってきて」
扉をノックすると、鼻の穴を膨らませたトレシアが出てきた。
「イリーナは逃がしてくれたのか?」
「上にいるよ」
そんな事だろうと思った。
「金だ。預かってほしい人がいる」
アッシュが金貨をトレシアの手に握らせる。
「小娘が二人かい」
アッシュの後ろにいるヴェロニカとミラを見て、トレシアが言った。どうやら承諾してくれた様だが、その言い方には棘がある。
「私が小娘? 預けるのは一人だけだ、デブ」とヴェロニカ。
アッシュは溜息を吐いた。
「どの道、一人しか預かる気はなかったね」
トレシアも負けてない。機嫌は損ねてしまった。
「もう一枚、金貨を寄越しな」
「頼むよ」
アッシュが金貨を渡す。
「悪かったな」
「入りな」
トレシアの家へ入った。