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第23話 慈善活動

 それから地下牢で夜が来るのを待った。

 見張りの気配、足音が消えたのを確認して、ヴェロニカとアッシュは牢屋から出た。市庁舎の役人達が仕事を終え、帰っている時間帯だ。


「おい、お前」


 アッシュとヴェロニカは、先程の囚人の元へ行く。


「しっかりしろ」


 牢を開け、中へ。隅で項垂れていた。

 着ている服は破れ、肌には痛々しい生傷。鼻血が口の周りで固まり、瞼は腫れて青くなっていた。


「アンタらか」と囚人。


「立てるか?」


 ヴェロニカが言った。


「世話はしてやれないぞ」

「約束は守ったな」


 囚人が壁に体重を預けながら、ゆっくり立ち上がる。


「さっきは助かった」


 アッシュが言った。


「はは、俺の勝ちだ。賭けに勝ったんだよ」


 囚人が笑う。


「ざまぁみろ」

「名前は?」


 アッシュが聞く。


「ロドニーだ。殺しで掴まった」

「そこまで聞いてない。それで、これからどうする?」とヴェロニカが聞く。


「飯だよ、どいてくれ」


 囚人が片足を引きずりながら牢を出る。


「よし、次はミラだ」


 ヴェロニカが言った。

 ミラも牢から出し、鎖を外してやる。


「行くぞ」とヴェロニカ。


「本当にいいんですか?」


 ミラは戸惑っている。彼女からしたら、夫の仇討ちに失敗して牢獄へ繋がれたと思ったら、今度は脱獄だ。天国と地獄を行き来する様な一日に、混乱していても無理はない。


「遠慮するな」


 ヴェロニカは言った。動き出す。


「見張りはどうする」とアッシュ。


 この先には見張りがいる。ケケはもういない。協力者なしでどこまでいけるか不安だった。それに、ミラとロドニーもいる。素早い移動は望めない。


「いても二人か三人だろう」


 ヴェロニカが拳を鳴らした。


「他の仲間も連れて行く」

「どういう事だよ」

「ここにいる連中を何人か解放してやる。そいつも解放したし、あと何人か出してもいいだろう」


 ロドニーを見た。


「他にも解放って、どういう事だよ」とアッシュ。


「牢を開くって事だ。鍵はあるんだ、可能だろ」

「それはまずい。叔父さんに騒動は起こすなって言われた。少しは覚悟してたが、それはやり過ぎだ」

「お前は子供か」

「俺達も罪人になるぞ」

「バレなきゃ罪じゃない」

「絶対にバレるだろ」

「やれ、やらなきゃお前を殺る」

「派手な慈善活動だな」


 アッシュは吐き捨てる様に言った。


「なら他に案はあるのか。ミラにこの手負いの囚人、四人で逃げ切る方法が」

「いつもそれだ、卑怯だぞ」

「どうやら賛同を頂けたみたいだな」

「好きにしろ」

「よし、ヴェロニカ様による慈善恩赦活動の時間だ」


 その後は、大混乱しかなかった。


**


 逃がした囚人達による混乱に乗じて、ミラを連れ出した。

 市庁舎を出て、人通りが多いエマニ通りへ走る。騒ぎを聞きつけ、市庁舎へ向かう衛兵達とすれ違う度、アッシュの心臓が高鳴った。


「ここまでくれば安全だろう」


 ヴェロニカが足を止める。


「上手くいったな」


 満足そうな顔だった。


「俺達は重罪を犯した」


 アッシュはやってしまった事の重さに怯えていた。


「ヤバい、叔父さんがマジで怒る」


「結果が全てだ。過程は気にするな」とヴェロニカ。


「おい、ロドニー。お前とはここでお別れだ」

「俺もそのつもりだった」


 ロドニーが言った。背を向けて、イルタック川に向かってゆっくりと歩き出す。


「達者でな」とロドニー。


 ロドニーが行った。


「どうするんだよ」とアッシュ。


 これからの事を考えると気が滅入る。


「ミラ、コイツは臆病だな」


 ヴェロニカはアッシュを指差して笑う。

 その指をへし折ってやりたいが、返り討ちに遭うだけだ。堪える。


「これから私はどうすれば」とミラ。


「アッシュ、どこか静かな場所を知らないか?」


 周りは酒場ばかりだった。


「ミラと話がしたい」

「この辺だと、一ついい所がある」

「どこだ」

「金はあるか? 少しうるさい女がいる」

「そこは任せろ」

「案内する。直ぐ近くだ。後、出てきた女にはデブって言うなよ」

「お前の女はデブなのか」

「女じゃない、知り合いだよ。とにかくデブって言うなよ」


 トレシアの家へ向かう。


「絶対にデブとか言うなよ」


**


「アッシュかい、またこんな時間にやってきて」


 扉をノックすると、鼻の穴を膨らませたトレシアが出てきた。


「イリーナは逃がしてくれたのか?」

「上にいるよ」


 そんな事だろうと思った。


「金だ。預かってほしい人がいる」


 アッシュが金貨をトレシアの手に握らせる。


「小娘が二人かい」


 アッシュの後ろにいるヴェロニカとミラを見て、トレシアが言った。どうやら承諾してくれた様だが、その言い方には棘がある。


「私が小娘? 預けるのは一人だけだ、デブ」とヴェロニカ。


 アッシュは溜息を吐いた。


「どの道、一人しか預かる気はなかったね」


 トレシアも負けてない。機嫌は損ねてしまった。


「もう一枚、金貨を寄越しな」

「頼むよ」


 アッシュが金貨を渡す。


「悪かったな」

「入りな」


 トレシアの家へ入った。

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