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第22話 囚人と見張り

 ヴェロニカと向かいの牢屋に入った。


「こんなので上手くいくのか?」とアッシュ。


「黙ってろ」


 ヴェロニカが小石を投げてくる。

 臭いが酷い。慣れるという事がない。後ろを見ると、鼠の死体があった。蛆が沸いている。


「聞いていいか?」

「記憶喪失か? 私が何て言ったかもう忘れたのか」

「だから一応許可を求めた」

「ダメだ」

「あのさ、他の案はなかったのか」

「ダメって言ったろ」

「悪いね」


 直ぐに他の牢から「うるせぇぞ」と声がする。


「お前がうるさい。黙ってればここから出してやる」


 ヴェロニカが早速、喧嘩を売った。


「私に従え、クズ」

「出せるのか、お前なんかに。この俺様を、ここから出せるのかよ」と囚人。


 アッシュは溜息をつく。

 それから足音が聞こえてきた。ヴェロニカをみる。視線を牢の外へ向けると、見張りが歩いて来た。松明の明かりが、ここでは眩しいくらいだった。

 こちらへ来れば、直ぐに自分達が囚人でない事は分かるだろう。不真面目な見張りだったら、そろそろ踵を返して持ち場へ戻るが、そうでもないらしい。


 足音は近付いて来る。ミラを見ると、心配そうにアッシュを見ていた。あんな顔でこちらを見られては、異常を訴えている様なものだ。

 アッシュは瞼を瞑って横になる様に指示を出した。ミラは要領良くそれを受取り、壁を見て体を横にする。だが肝心の問題は解決していない。相談する訳にもいかない。

 アッシュはヴェロニカを見る。ヴェロニカは牢の奥に座っているだけだ。このままやり過ごす可能性に賭けるのか。


 足音。松明の明かり。次第に大きくなっていく。


「おーい、おーい、飯はまだかよー」


 さっきヴェロニカと言い合った、囚人の声が響いた。

 見張りの足音が止まった。いいぞ。その調子だ。


「食事ならもう終わりだ」


 高圧的な態度で喋る見張り。


「腹が減ってんだよ、こっちは」と囚人が悪態をつく。


「テメェの顔じゃなくて飯を寄越せっつってんだよ!」


 ヴェロニカを見た。頷いている。このままでいい。


「妙に突っかかるな、お前。どういう意味か分かってるのか?」

「うるせぇよ、どうせ俺は死ぬんだ。それなら飯くらい腹いっぱい食わせろ、クソ野郎が」

「分かった」


 短い言葉に、見張りの怒りを感じた。


「痛みで腹を満たしてやる」


 牢が開かれる音。それに続いたのは、肉が弾かれる様な鈍い音と、囚人の悲鳴だった。見張りの荒い息に混じる怒声と、許しを求める囚人の声が地下牢に響く。実態が見えないだけに、悲惨さが増した。

 アッシュは息を潜める。


「ごめん――なさい、もう助けて――、ごめんな、さい」


 囚人は泣いていた。


「痛――です、お願い――す、止めて下さい――」


 ヴェロニカを見た。アッシュは膝を立てる。やり過ぎだ。これじゃ拷問だ。ヴェロニカは動かず、首を横に振る。待て、の合図。マジかよ。

 囚人の悲鳴は続く。アッシュは立ち上がった。ヴェロニカも動く。首を振った。動くなの指示。

 ヴェロニカは無視して牢から出て行こうと、格子に手を伸ばした。

 もう見過ごす事なんて出来ない。


「おい、アンタ、上で呼ばれてるぞ」


 声がした。ケケの声だ。

 異常を察知し、地下牢まで降りてきたらしい。見張りの拷問が止まった。囚人の声も途絶えた。


「何だって」と見張り。


「呼ばれてる、戻れ。見回りが長いんだよ」


 ケケが言った。僅かに声が震えている。こういう事に慣れていないのだろう。それから直ぐに、牢が閉まる音がした。

 次第に足音が遠ざかっていく。ケケも見張りもいなくなったらしい。


「おい、お前ら――」


 あの囚人の声だった。声は今にも絶えそうな程か弱い。


「絶対に、ここから出れるのか?」

「静かにしてれば出してやる」


 ヴェロニカが言った。


「必ず出せよ」


 囚人が言った。


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