市庁舎の前で、ヴェロニカと合流した。
「遣いは済んだ」
アッシュが言った。
「ケケという門番が、市庁舎の銀食器を盗んで金にしてる。そいつを脅せばどうにでもなる」
「疲れた様な顔をしてるな」
ヴェロニカがアッシュを見る。
「簡単な交渉なんてない。地下牢までは案内出来る。市庁舎には顔見知りも多い。親父が元々、この街の首斬りだったから」
アッシュは歩き出し市庁舎へ。
「いつになく頼もしいじゃないか」とヴェロニカ。
「ここは俺の担当だろ」
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「ありがとう、ケケ」
ケケは細く、気弱そうな男だった。顔を見た時、何度か傭兵砦の賭場で見かけた事がある事に気付いた。博打で負けが込み、借金返済の為に盗みを働いたのか。そう思うと同情したくなる。
ケケはヴェロニカに鍵を渡し、その見返りに金貨を受け取った。震えている。地下牢の鍵を渡すのは、今まで行っていた質素な盗みとは違う犯罪だ。
「これ、大丈夫ですよね?」とケケ。声も震えていた。
地下への階段を出たところだ。
これでまた一つ、ケケの罪が増えた。結局の所、これもまたレイルの狙いだ、とアッシュは気付いていた。
「上で待ってろ」
ヴェロニカは質問に答えずに、ケケを地下から追い出した。
地下牢は湿っていた。カビ臭い、鼻孔の奥を刺激する臭いが立ち込めている。明かりは十分でなく暗い。壁や地面には、経過した血のシミが残っていた。
左右並んで奥へと伸びる地下牢。アッシュとヴェロニカの気配を察してからか、囚人の手が格子の間から伸び、呻き声が漏れてきた。
「餌を待つ哀れな犬共め」
ヴェロニカが言った。
地下牢の手前の空間は、拷問室だった。壁には苦痛を与える器具が並んでいる。
「ここに来るのは何回目だ、アッシュ」とヴェロニカ。
「いつも初めてだよ、知り合いがいる訳でもないし」
地下牢の間を歩き出し、先程アーティバッハを襲った女を捜す。
「酷いもんだな」
囚人の姿を見て、ヴェロニカが呟く。破れてボロボロの服に、やせ細った身体。拷問の痕が腕や足に見てとれる。
「首を斬る時は公衆の面前に立つ。だからコイツらをある程度綺麗にするのも、俺達の仕事なんだ。あんまり綺麗にすると罪人っぽくなくなるから、あくまでそこそこだ」
アッシュは左右の地下牢をチェックし女を捜す。
「演出は大事だ」
「俺は好きじゃなかったね」
「才能はあったのか?」
「絵を描く方が好きだった」
「お前、そのツラで絵なんて描くのか」
「自分の顔を描いてたわけじゃない。風景とか、人とか、犬とか。そういうのだよ」
「もう止めたのか?」
「ああ、才能のある絵描きの首を斬った。それで全部止めた」
「止める必要ないだろ」
「そいつは冤罪だ、俺は知ってて斬った」
「お前は弱い奴だ」
ヴェロニカが言ったところで、二人の足が止まった。
あの女だ。アーティバッハを襲った女がいた。
格子の向こう、壁に吸いつく様に身を預けている、髪の長い女。浅黒い肌と小さな瞳に、低い鼻。両手足に鎖を繋がれている。
「な、何ですか?」
自分の牢の前で立つアッシュとヴェロニカに、女は言った。
「名前は?」とヴェロニカ。
「名前を言え」
「ミラ」
女は言った。警戒しているのが分かった。
「ミラ、こっちへ来い」
ヴェロニカが格子に近付いた。
「話がある」
数秒の間があったものの、ミラは立ち上がり、両足の鎖を鳴らしながら、こちらへ近付いて来た。
ヴェロニカとミラが、格子を挟んで向かい合う。
「ここから出たいか?」
ヴェロニカは小声で言った。
「……はい」
遠慮気味に、ミラが言った。
「アーティバッハに夫を殺されたのか?」
「そうです」とミラ。
脱獄を匂わせた後だ。従順に答える。
「お前の叫んだ、あの人とは? 名前は」
「エドワール・スロッグです」
ミラの答えを聞いた後、ヴェロニカはアッシュを見る。
「私の夫です」
「アイツ、結婚してたのか」とアッシュ。驚いた。
「正式なものじゃありません。彼とも一緒に住めませんでした。けど毎日会い、彼には事情があるから、それが片付いたら別の街へ越して、そこで正式に夫婦になろうと話しをしていたんです」
「泣ける話だな」
ヴェロニカが感傷に浸る。ちっとも泣いちゃいない。
「お前は騙されていたんだよ、ミラ」
「つまりこうだ、ミラ。アンタがいい女って事は分かった」
アッシュがすかさずフォローを入れる。
「話は戻るが、ここから出たいか」
「はい。勿論です」
「アッシュ、ミラを連れ出すぞ」とヴェロニカ。
「コイツは価値がある。手元に置いておきたい」
「そんな事だろうと思った。策は?」
騒動は起こすな、と言ったレイルの言葉を思い出す。だがヴェロニカを止められない。
「簡単だ、夜まで待つんだよ」
「どこで?」
「ここでだ」
ヴェロニカが空いている牢屋を指差した。
「私はそこ、お前はあっち」