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第21話 夫婦

 市庁舎の前で、ヴェロニカと合流した。


「遣いは済んだ」


 アッシュが言った。


「ケケという門番が、市庁舎の銀食器を盗んで金にしてる。そいつを脅せばどうにでもなる」

「疲れた様な顔をしてるな」


 ヴェロニカがアッシュを見る。


「簡単な交渉なんてない。地下牢までは案内出来る。市庁舎には顔見知りも多い。親父が元々、この街の首斬りだったから」


 アッシュは歩き出し市庁舎へ。


「いつになく頼もしいじゃないか」とヴェロニカ。


「ここは俺の担当だろ」


**


「ありがとう、ケケ」


 ケケは細く、気弱そうな男だった。顔を見た時、何度か傭兵砦の賭場で見かけた事がある事に気付いた。博打で負けが込み、借金返済の為に盗みを働いたのか。そう思うと同情したくなる。

 ケケはヴェロニカに鍵を渡し、その見返りに金貨を受け取った。震えている。地下牢の鍵を渡すのは、今まで行っていた質素な盗みとは違う犯罪だ。


「これ、大丈夫ですよね?」とケケ。声も震えていた。


 地下への階段を出たところだ。

 これでまた一つ、ケケの罪が増えた。結局の所、これもまたレイルの狙いだ、とアッシュは気付いていた。


「上で待ってろ」


 ヴェロニカは質問に答えずに、ケケを地下から追い出した。

 地下牢は湿っていた。カビ臭い、鼻孔の奥を刺激する臭いが立ち込めている。明かりは十分でなく暗い。壁や地面には、経過した血のシミが残っていた。

 左右並んで奥へと伸びる地下牢。アッシュとヴェロニカの気配を察してからか、囚人の手が格子の間から伸び、呻き声が漏れてきた。


「餌を待つ哀れな犬共め」


 ヴェロニカが言った。

 地下牢の手前の空間は、拷問室だった。壁には苦痛を与える器具が並んでいる。


「ここに来るのは何回目だ、アッシュ」とヴェロニカ。


「いつも初めてだよ、知り合いがいる訳でもないし」


 地下牢の間を歩き出し、先程アーティバッハを襲った女を捜す。


「酷いもんだな」


 囚人の姿を見て、ヴェロニカが呟く。破れてボロボロの服に、やせ細った身体。拷問の痕が腕や足に見てとれる。


「首を斬る時は公衆の面前に立つ。だからコイツらをある程度綺麗にするのも、俺達の仕事なんだ。あんまり綺麗にすると罪人っぽくなくなるから、あくまでそこそこだ」


 アッシュは左右の地下牢をチェックし女を捜す。


「演出は大事だ」

「俺は好きじゃなかったね」

「才能はあったのか?」

「絵を描く方が好きだった」

「お前、そのツラで絵なんて描くのか」

「自分の顔を描いてたわけじゃない。風景とか、人とか、犬とか。そういうのだよ」

「もう止めたのか?」

「ああ、才能のある絵描きの首を斬った。それで全部止めた」

「止める必要ないだろ」

「そいつは冤罪だ、俺は知ってて斬った」

「お前は弱い奴だ」


 ヴェロニカが言ったところで、二人の足が止まった。

 あの女だ。アーティバッハを襲った女がいた。

 格子の向こう、壁に吸いつく様に身を預けている、髪の長い女。浅黒い肌と小さな瞳に、低い鼻。両手足に鎖を繋がれている。


「な、何ですか?」


 自分の牢の前で立つアッシュとヴェロニカに、女は言った。


「名前は?」とヴェロニカ。


「名前を言え」

「ミラ」


 女は言った。警戒しているのが分かった。


「ミラ、こっちへ来い」


 ヴェロニカが格子に近付いた。


「話がある」


 数秒の間があったものの、ミラは立ち上がり、両足の鎖を鳴らしながら、こちらへ近付いて来た。

 ヴェロニカとミラが、格子を挟んで向かい合う。


「ここから出たいか?」


 ヴェロニカは小声で言った。


「……はい」


 遠慮気味に、ミラが言った。


「アーティバッハに夫を殺されたのか?」


「そうです」とミラ。


 脱獄を匂わせた後だ。従順に答える。


「お前の叫んだ、あの人とは? 名前は」

「エドワール・スロッグです」


 ミラの答えを聞いた後、ヴェロニカはアッシュを見る。


「私の夫です」


「アイツ、結婚してたのか」とアッシュ。驚いた。


「正式なものじゃありません。彼とも一緒に住めませんでした。けど毎日会い、彼には事情があるから、それが片付いたら別の街へ越して、そこで正式に夫婦になろうと話しをしていたんです」

「泣ける話だな」


 ヴェロニカが感傷に浸る。ちっとも泣いちゃいない。


「お前は騙されていたんだよ、ミラ」

「つまりこうだ、ミラ。アンタがいい女って事は分かった」


 アッシュがすかさずフォローを入れる。


「話は戻るが、ここから出たいか」

「はい。勿論です」


「アッシュ、ミラを連れ出すぞ」とヴェロニカ。


「コイツは価値がある。手元に置いておきたい」

「そんな事だろうと思った。策は?」


 騒動は起こすな、と言ったレイルの言葉を思い出す。だがヴェロニカを止められない。


「簡単だ、夜まで待つんだよ」

「どこで?」

「ここでだ」


 ヴェロニカが空いている牢屋を指差した。


「私はそこ、お前はあっち」


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