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第20話 ジングスマン

 首斬り隊長、死刑執行人の屋敷は、イルタック川に架かるミドガー橋近くにある。中州にある松の木が見えるので、松の屋敷とも呼ばれていた。


「アッシュか、久しぶりだな」


 屋敷に入り、応接間へ。

 現在、グラオトレイの死刑執行人を務めている、レイル・ジングスマンがアッシュを出迎えた。この家には使用人も衛兵もいない。死刑執行人の屋敷は、どの街もそうだった。

 椅子に座って、アッシュを見ている。


「叔父さん、どうも」


 アッシュは立ったままだ。


「座ったらどうだ。お前の家でもあるんだ」とレイル。


「じゃ失礼して」


 椅子に座った。


「調子はどうだ」

「普通かな」


 厄介ごとに巻き込まれているとは言えない。


「仕事は順調なのか?」

「まぁ、それで色々あって」

「色々あって、家業に復帰する気になったか? またジングスマン姓を名乗ってもいいだろう。お前はアッシュ・ルーランドって柄じゃない。どう見ても立派な首切り職人のアッシュ・ジングスマンだよ」


 レイルがにやりと笑った。叔父はいまだにアッシュの天職が首斬りだと信じている。


「兄さんはよい首斬りだったからな。お前もきっとなれるぞ」とレイルが続けた。


 兄さん、とはアッシュの父親の事だ。


「この街の死刑執行人は叔父さんだろ」


 アッシュが言った。この話題は避けたい。だからここに来たくなかった。叔父さんは悪い人じゃないが、自分を死刑執行人に復帰させようとしてくる。


「お前の父親から引き継いだ。お前がいつか引き継ぐまで守る様に、と言われてな」

「もうあの遺言の事は忘れてよ」

「お前の父親は、私の兄なんだ。長い間、一緒に仕事をしてきた。お前がサウスボンスのジャンベールで首切りの仕事を始めた時は、本当に嬉しかった」

「昔の事さ。俺は父さんや叔父さんみたいに上手くなかった」

「謙遜するな。性格的な甘さ、それだけを克服出来れば、お前は既に一流の技術を持っていた。帝国自由都市グラオトレイの首斬りである私が保証する」

「悪いけど、本当に、もういいんだ。この仕事は。俺の中では終わってる」

「そうか」


 レイルは寂しそうに言った。


「で、仕事で何か不測の事態が起こったんだろ」

「叔父さんは何でも分かるんだな」

「何百という罪人の顔を見てきた」

「俺は今そんな顔かい?」


「まだ首を斬られる程じゃない」とレイルが微笑む。


「いつも頼み事ばかりで悪いんだけど、どうしても地下牢にいる人に会いたいんだ。叔父さんは地下牢によく行くだろうし、何とかならないかな」

「恐ろしい願いを持っているんだな」

「大変な事なのは分かってる。本当に悪い」

「私は市政側の人間だ、アッシュ」

「やっぱりダメか」


 アッシュが俯く。

 それから間をたっぷり取ってから、レイルが喋り出す。


「地下牢の門番にケケという役人がいる。奴は金に困って、市庁舎の銀食器を盗んでは売っている。そいつを使え」

「どうしてそんな事を」


「近々、ケケは裁判に掛けられる。その後はこれだ」とレイルは、首を斬る動作をして、舌を鳴らした。


「ケケはとある有力者の親戚でな。裁判が長引くと邪魔が入るかもしれないので、猶予を与えず迅速に首を斬る必要がある。だからこっちに根回しがあったという訳だ。悪を成敗する為だよ」


 これだ。この政治の世界が嫌で、死刑執行人の仕事を辞めた。

 ケケが銀食器を盗んでいるのは本当だろう。だがそれだけじゃない。ケケがこれから碌な裁判も受けられずに首を斬られる理由は、政治だ。その有職者の親戚に売られたか、政敵に的にかけられたか。


「叔父さん、ありがとう。恩に着るよ」

「これを渡しておく。何かと役に立つだろう」


 レイルはテーブルの上にあった箱から腕輪を出した。

 魔導が刻まれている。


「いいよ」と断る。


 一目で何か分かった。父の造った魔導具だ。


「これを使えば、死神ハーデスとものの数秒で繋がれる。対話法の後の儀式が簡略されるんだ。必ず役に立つ、私には必要ない。アッシュ、お前が持ってろ。使い方は分かってるよな?」

「そりゃ勿論」


 レイルのやけに強い口調に負けて、受け取った。


「いつか戻って来いよ」


「ああ、分かってる」と気のない返事でレイルの言葉に応えた。


「ありがとう、叔父さん」

「くれぐれも騒動は起こすなよ」


 レイルが忠告する。


「勿論だよ」


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