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第19話 新たな匂い

 夜が明けて翌日。エマニ通りにある聖母グリウェン教会へ。


「あの男は大丈夫かな」


 教会前の広場で、アッシュがヴェロニカに呟いた。

 昨晩、ジゼルの家で襲った男だ。そのまま拉致して、市外の木に縛りつけている。


「狼に食われているかもな」とヴェロニカ。


「悲しいな」

「心の底からそう思ってるのか?」

「同情はしてるよ」


 教会前の広場には人が集まっている。


「すごい人気だな」


 ヴェロニカは呟いた。


「貧乏人ばっかだ」

「そういうな。教会税が安くなれば、皆幸せになる。長老派のやり方は汚いしな」

「こっちは阿片の密売人だぞ」


 広場が沸いた。仮設の壇上に、人が上っていく。広場にいる人々が拍手を始めた。


「あれがアーティバッハだ」とアッシュ。


 朱色の祭服を着た長身、長髪の老人が民衆に手を振っている。首と腕には金色の宝飾品。祭服には白い十字架に薔薇の刺繍。窪んだ目元、鷲鼻、顔には斑のシミ。鎖骨まで伸びた長い髭は、白髪交じりだった。


「やっぱり、左腕がないんだな」


 ヴェロニカが腕を組みながらいう。

 言葉通り、アーティバッハは左腕。肘から先がない。左の裾が、風で旗の様に揺れる。


「後ろに並んでいるのが、カリオペ騎士団の幹部達だろうな」

「ああ」


 アッシュは頷いた。

 二人の視線の先には、アーティバッハの後ろに立つジゼルの姿があった。

 アーティバッハが聖書を開いて、説法を始める。広場の人々が耳を傾ける為、静まった。

 抑揚、身振り手振りを駆使し、視線を隅から隅まで動かしながら、アーティバッハは話をしていく。


「詐欺師だな」とヴェロニカ。


「ジゼルはどうする」


 アッシュは息で手を温めた。ずっと外は寒い。


「隙を見て接触する。尾行するぞ」


 ヴェロニカがそう言った時だった。

 女が走り込んで来た。アーティバッハに向かって突っ込んで行く。


「お、何だ」


 ヴェロニカが言った。


「あの女、ナイフ持ってるぞ」とアッシュ。


 女がアーティバッハに突っ込んで行く。茶色く長い髪の女だった。


「気合入ってんな」と女を見てヴェロニカが呟く。


「おい、その女を止めろ」


 どこかから声が飛んできた。ジゼルが動き出す。アーティバッハが危険を察し、身を屈めた。広場の人々から声が上がる。


「ハンク、その女を止めろ」


 ジゼルが叫んだ。

 ジゼルともう一人、肩幅の広い大男が、女とアーティバッハの間に飛び込んだ。大男がハンクという名前か。

 ジゼルがアーティバッハを守り、ハンクがナイフを持って走り込んできた女に突っ込んだ。ハンクが女の手元を掴んでナイフを落とすと、そのまま首に腕を回し、拘束した。


「アンタのせいであの人が殺された、私の夫は殺されたの!」


 拘束された女が叫んでいる。足をじたばたさせながらも、執拗に叫びを続けた。市の衛兵がやってきた。叫び続ける女を連行する。広場は騒然としている。混乱は続いていた。


「誰かが殺されたらしいな」


 ヴェロニカが言った。


「人間はいつか死ぬからな」とアッシュ。


 嫌な予感がした。話をはぐらかす。


「あの女に会うぞ。匂う、濃密な金の匂いだ」

「やっぱり――」

「嫌そうだな」

「アンタの考える事は嫌いなんだ。ジゼルはいいのか?」

「女に話を聞いてからだ。面白い話が聞けそうじゃないか。手元のカードが多い方が役を揃えられる」

「楽しそうだな」

「アッシュ、牢獄に行く方法を知ってるか」

「断れないのか? その提案」

「知っているか、と聞いただけだぞ」

「分かってるくせに」


 方法なら知ってる。


 「伝手がある。死刑執行人時代の組合仲間が、グラオトレイの首斬りだ。まぁ俺の叔父なんだけどな。その人に頼めば地下牢に入れる」

「よし、行くぞ」

「待て。本当に会うだけだろ? さっきの女に会うだけだよな」


 念を押す。


「何を心配してる。脱獄を手伝うとでも思ったか」


 成程。そういう事か。


「地下牢の鍵を手に入れてこい」


 アッシュは「クソ」と呟いた。


 この女が大人しくしてるとは思えない。

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