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第18話 アーティバッハ

 ジゼルの屋敷へ移動する。市庁舎と自由中央広場の間にあるオウル通りを西へ。大きくはないが、品のある屋敷がジゼルの住処だった。直ぐ近くにイルタック川がある。

 衛兵の姿が見える。アッシュとヴェロニカは木の影に身を潜めた。陽は落ちて、もう夜になっていた。


「儲かってんだな」とアッシュ。


 息が白く濁る。今夜も寒くなりそうだ。


「騎士団の幹部で、阿片密売の実行係だ。儲かっていない筈ないだろ」


 ヴェロニカが嬉しそうに言う。金の匂いが好きなのだ。


「食ったらかなりの金汁が溢れ出るだろうな」


 思考が常に最前線だ。ヴェロニカは欲望に対して、忠実過ぎるくらいに忠実だ。


「侵入するのか?」

「難しいだろうな」


 正面門、窓、バルコニー、屋敷の周りにも衛兵。


「流石に裏の実行者だけあって、警備が厳重だ。衛兵の装備にも、カリオペ騎士団の刻印がある。日雇い傭兵が警備している訳じゃなさそうだ」

「アンタなら勝てるんじゃないのか? アンタは強そうだ」

「強いんだよ」

「行って全員気絶させてきてくれ」

「騒動は避けたい。全ての証拠を消されたら、脅しも何も出来ないだろ」

「脅しって、まるで悪党だな」


 アッシュが自虐する。


「正義と金の両立はどうした」

「正義は犠牲の上に立つ。相手は楽園派の指導者、アーティバッハだ。奴は市参事会員だぞ。騒動になったら指名手配されて、都市追放なんて簡単だ。あくまでゆっくり静かに気付かれずに近付き、喉元にナイフを突き立てて、金を貰って嵐の様に去る。そういう必要がある」

「随分と難しそうだが」

「私は元諜報員だぞ」


「抜かりないって訳か。おい――」とアッシュが指差した。


 馬車がやってきた。引いている荷物には、布を被せている。そのままジゼルの屋敷に向かいそうだ。衛兵が門に手を掛ける。間違いないだろう。


「乗り込むぞ」


 ヴェロニカは動き出した。


「待てよ」

「早く来い、ノロマ」


 屈みながら素早く移動し、荷台の後ろについた。そのまま布の下へ入り込む。積荷の角が頭に当たって痛い。馬車は二人を乗せたまま、ジゼルの屋敷へ入っていった。


「いつ降りる」


 アッシュが言った。


「止まったら」

「へぇ、そりゃ簡単だ」


 馬車が止まった。


**


 荷台の先から、声がした。何かを喋っている様だ。


「今の内に出るぞ」


 ヴェロニカの指示に従って、荷台から降りる。搬入先は倉庫の様だ。無数の箱が積んである。

 向こうにある扉を合図される。そこへ向かうという事だ。アッシュは頷いた。横目で前にいる使用人達を見た。


「ヴェロニカ」


 背中に触れ、動きを止めた。


「今、馬から降りた奴。村にいた」


 ヴェロニカは立ち止まり、馬に乗って使用人と話している男を見る。箱の影に身を隠した。


「確かに。見覚えがあるな」


 その内、に使用人が奥の扉から立ち去った。見覚えのある男一人になる。馬から降りて、荷台の方へ。こちらに来る。


「襲撃だ」


 呟いた時には動いていた。

 ヴェロニカが飛び出し、男の顎に拳をお見舞いした。


「ふざけんな」


 出遅れたアッシュ。ヴェロニカは倒れ込んだ男をうつ伏せにして押さえ込み、腕を決めていた。


「何やってるんだよ」とアッシュ。


「お前の希望だろ」

「それはアンタの希望だろ。俺の希望をそんな風に扱うな。希望ってのは尊いものなんだよ」

「まだ人は死んでない」

「最悪だよ」

「殺せって事か?」


「殺すな」とアッシュ。


 何が騒動を起こさずにいたい、だ。

 アッシュは心の中で悪態をつく。


「分かってる。おい、お前、動いたらぶっ殺すぞ」


 ヴェロニカが抑え込んでいる男に言う。


「何者だ」と男。


「何なんだ、一体」

「知ってるだろ、阿片だよ」とヴェロニカ。


「ジゼル・ローゼンに話がある。どこにいる」

「阿片なんて知らない」


 男がしらばっくれる。


「アッシュ、痛めつけろ」

「何で俺なんだよ」

「お前も働け」

「クソ」


 背中を踏みつけた。


「お前、それでも死刑執行人か? 拷問はしてなかったのか」

「一瞬で殺すのが、一流の首斬りってもんだよ」

「確かに。拷問されて、冤罪を着せられた奴を殺すのが仕事だもんな」

「いちいち嫌味な奴だな」


 アッシュは再び背中を踏みつけた。


「ジゼルはどこだ?」


 男に言う。


「お前ら、ヤバいぞ」と男。


「ご心配どうも。親戚の叔父さんでも、そんなに私の事を思ってくれないよ」


 ヴェロニカはそんな忠告も意に介さない。


「だが今、ヤバいのはお前だぞ」


「聞いた事を話せよ」とアッシュ。


「死ね」


 男が吐き捨てる。


「出来る事なら今直ぐにでも死にたいね」とヴェロニカ。


 後頭部を叩きつけ、地面に顔面を押し込んだ。


「ジゼルはどこだ。奴と話がしたい」

「いない、ここにはいない」

「嘘は嫌いだ」


 ヴェロニカが腕を折った。乾いた音が響いた。男が呻き声を上げる。直ぐに男の顔から脂汗が染み出してくる。


「嘘じゃないッ」


 男の口調が変わる。懇願する様な喋り方。声量も小さくなった。呼吸が乱れている。


「阿片ならそこにあるからもっていけ」と男は続けた。


「けどジゼル様はいない、今夜はここにいないんだ」

「何故いない?」

「明日は楽園派の集会だ。その晩、幹部は修道院に集まる」


「何故集まる?」とヴェロニカ。


「何か緊急事態があったらしい、明日は集会もある。だからだ」


 成程。幹部達の情報共有か。緊急事態の理由は俺達だ。


「アッシュ。お前がエドワールに渡した紙切れ、覚えてるか」

「ああ、コイツが言ってるのはその集会だよ。指導者のアーティバッハが布教の為に説法する」

「私達も行くぞ」

「本当に?」


「指導者様とご対面だ」とヴェロニカは微笑む。


「マジかよ」


 アッシュは溜息を吐いた。


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