地下に案内された。女はアッシュとヴェロニカを残し、さっさと消えた。
湿気が高い地下室。窓はない。蝋燭が至る所に設置され、火が灯っている。だからか、地下なのに暑い程だった。心地の悪い部屋だ。
部屋の奥には、机に向かう男の背中があった。とても小さい。子供程だ。
「お前らか」
横柄で神経質そうな声だった。椅子から立つ、というよりも、降りる、といった動作をしてからこちらを向く。背も低いが、手足も短い男だった。顔だけは立派に成人し、老けている。
飛び出した様に大きい目、割れた唇に出っ張った顎、低い鼻。醜い小人だった。
「怯えるな。こういう病気だ。小人病なんだ、生まれつきだ」と男は言った。
「デイヴィスだな」
ヴェロニカは腕を組む。
「お前の名前は」とデイヴィス。
四方の壁に、小人の影が揺れる。アッシュの額から汗が落ちた。暑さと湿気が、体力をじりじりと奪う。
「素晴らしいヴェロニカさんと、その犬」
「俺はアッシュだ。犬じゃない」
直ぐに付け加える。
「私が誰か分かっているのか?」
小人のデイヴィスの態度はデカい。コンプレックスの裏返しなのか。
「錠前職人組合の組合長。そして元市参事会員。アンタが市参事会員に落選したから、楽園派とかいう新興派閥の指導者、アーティバッハが新たな市参事会員に収まった」
「成程、ヴェロニカ。挑発的な女だ」
デイヴィスは言う。アッシュはその背後にある机を見た。鍵が幾つも置いてある。解体されている物、完成されている物、様々な鍵が積まれていた。
「情報とは何だ」とデイヴィスが続けた。
「アンタが市参事会員に戻れる情報だ」
「早く言え、仕事があるんだ」
「興味津々みたいだけどな」
「駆け引きは要らん」
「アーティバッハは阿片の密売をしている」
「へぇ」
デイヴィスが鼻を鳴らす。
「成程な。奴の金の出所はそういう事か」
「証拠は?」とデイヴィス。
「それは言えない」と言いながら、ヴェロニカが鍵を放った。用途不明。土から掘り起こした鍵だ。
「普通の鍵だな、うちの組合のものじゃない」
受け取り、一目見てデイヴィスが言う。
「返す」
鍵がヴェロニカに戻ってくる。
「分からないのか?」とヴェロニカ。
「どこの組合かも分からない。印がないね。つまらない事に時間を使わせるな」
「まだある、別の鍵だ」
「小出しにするな。金が欲しいのか?」
デイヴィスが言った。釣られた。
「ジゼルという女を捜している。赤毛で、左頬に傷がある。楽園派のカリオペ騎士団の女らしい」
「そいつが鍵なのか」
錠前を撫でるデイヴィス。
「情報の交換という訳だ。アンタに危険はない。ただ知っている事を話すだけで、アンタから地位と名誉を奪ったアーティバッハを蹴落とせる。悪くないだろ」
「良いか悪いかは、こっちが決める」
「私は別にアンタを支配したい訳じゃない、デイヴィス」とヴェロニカ。
「ジゼルについて知っている事を話して欲しい、と言っているだけだ」
「いいだろう、取引成立だ。ジゼル・ローゼンはカリオペ騎士団の幹部で、騎士団長イェルメス・アーベル公私に渡る右腕。つまり、かなりのの大物だ。女だが傭兵上がりで、いい根性をしている」
「どっかの誰かと同じだな」とアッシュ。
ヴェロニカを横目で見る。
「家を教える。後はそっちで何とかしろ」
デイヴィスが机に向かう。
「流石は錠前職人だ」とヴェロニカ。
それからデイヴィスは黙って通りの名前が書いてあるメモを寄越した。