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第15話 赤毛の女

「怪力過ぎるだろ」とアッシュ。


「昔から力には自信がある」


 ヴェロニカには謎が多い。オルドは、ヴェロニカの容姿が変わっていない様な事をを口にしていたし、ジントゥーラでもあった。それにこの怪力。後、クソみたいな性格。

 戸が開いた。ヴェロニカが人差し指を唇に当て、静かに、とアッシュを制する。アッシュは諦めて頷き、二人で家へ。

 部屋には釜戸があった。火は消えてしまっている。これだと翌朝は他の家に火種を貰いにいかなければならないだろう。奥が居住空間だった。簡素なベッドの上に、男女が寝ている。女は痩せているが、男はデブだ。

 指でヴェロニカが、寝ている男女を示す。心臓が跳ねた。こんな経験は、今までにない。寝込みを襲うのか。この後起こりうる事を想像すると、現実とは思えない。


「殺す訳じゃないよな」


 アッシュが小声で確かめた。心配だった。


「女はうるさいから先に口を塞ぎ、首元にナイフを突き立てろ。男は私に任せろ」


 ヴェロニカがナイフを渡す。


「俺には無理だ」


 荷が重い。知らない女性を脅すなんて、気が引ける。


「分かった、私が女をやる。お前は男の手綱を上手く握れ」


 どちらも気が進まない。だが選択肢はなかった。


「いくぞ」


 駆け寄った。ヴェロニカが女の肩を叩く。


「結局、起こすのかよ」

「黙ってろ」


 ナイフを目の先に突きつける。女の「あ、」というか細い声がした。青い瞳を上下させていた。


「男を起こせ」とヴェロニカ。


 女が寝転がったまま、隣にいる男の背中を揺らした。ヴェロニカがアッシュに、目で合図をする。

 男が起きた。上体を起こす。ヨレヨレのボロを着ている。黒い髪に無精髭、潰れた様な目と鼻に太い身体をした男だった。


「何も言うな」とアッシュ。


「エリシア」


 男はアッシュの忠告を無視し、女の名前を口にした。


「アンタらは何者なんだ」

「騒ぐな、エリシアの命がないぞ」


 ヴェロニカは女の身体をグイっと引っ張り、ベッドから引きずり出す。首元にナイフの刃を当てた。


「そういう事だ」


 アッシュが付け加える。


「アンタの名前は」

「ジョンだ」


「よし、ジョン。ここの阿片は誰が仕切ってる?」


 アッシュが聞いた。

 死刑執行人時代、罪人への聞き取りをしていた頃を思い出す。


「それは言えない」

「裁判じゃないんだ」


 これも昔よく言った台詞だ。


「だが知る必要がある」


「どうするつもりなんだ」とジョン。


 目が泳いでいる。混乱しているのが手に取る様に分かった。


「金だ」とヴェロニカが言った。


「金はここにない」

「だろうな。だからここを仕切ってる奴と話がしたいんだ」


 ヴェロニカが続ける。


「お前はここの村長か?」

「そうだ、私が村長だ」

「運がいいな。じゃあお前と交渉を続けるしかない。金を持ってる奴の名前を言え」

「それは――」

「エリシアが死ぬぞ」


 ヴェロニカが、掴んでいるエリシアの身体を揺らした。怯えた声が漏れた。


「言った方がいい、俺は善良な人間だ。言えば命は保証する」


 アッシュはジョンを見て言う。

 畜生。何が暴力はなし――だ。こんなの全然約束と違う。クソったれ。

 その時、外から「村長」と呼ぶ声がした。


「誰だ」とヴェロニカ。


「何が起きてる」

「分からない」


 ジョンが言った。


「呼ばれている。行かねば怪しまれる」

「対応しろ、ここには入れるな」


 ジョンはヴェロニカの指示を聞くと、黙って立ち上がった。戸に向かい外へ出る。


「アッシュ、見てこい。覗くのが癖だろ」

「そんな事しなくても、女に不自由してない」


 アッシュは戸に向かい、隙間から外を見る。

 並ぶ松明と馬。鎧を纏った十人程の隊がいる。先頭にいるのは女だった。ジョンとその女が話している。松明に照らされた女の顔を確認する。赤い髪。瞳の色は分からない。彫りが深く、唇が厚い。左の頬に傷が残っている。鎧を着ているから傭兵か、とにかく戦闘が出来る奴だろう。気が強そうな女だ。

 アッシュは戻って、ヴェロニカに告げる。


「仕切ってる奴っぽい」

「お前は馬鹿か?」

「けど、そんな感じなんだよ」

「一人か?」

「十人だ、ぴったり十人」

「それを先に言え。ジョンが戻るまで待つぞ」

「いつもの正面突破じゃないんだな」


 ここぞとばかりに、アッシュは弱気のヴェロニカに言ってやった。


「今喧嘩を売っても金にはならない。十人の内、リーダーはどんな奴だ」

「女だな。髪の赤い女だ。頬に傷がある。偉そうにしてた。鎧を着てるから兵士か、その類だ」

「傭兵なのかもな。その女の顔を見てくる、代われ」


 エリシアの脅しを交代する。


「悪いね」とアッシュはエリシアの首に刃を立てる。


「俺は本当はいい奴だって事が伝わってるといいんだけど」


 エリシアは口を結んで黙っている。


「旦那さんは裏切る可能性はあるか? 人質のアンタを省みず、俺達の事を外の奴らに告げ口するかな」


 エリシアは何も答えない。


「そりゃ機嫌悪いよな」


 暫くしてから戸が開いて、ジョンが入ってきた。


「何だ」とヴェロニカ。


「阿片だ。村に置いてある分を取りに来た。先方は急いでいる。倉庫に案内した」

「奴らが仕切ってるのか」

「ああ」


 ジョンはぶっきら棒に言う。


「あの赤毛の女、名前は」

「分からない」

「役者だな。何も知らないってか。で、どこのどいつだ」


「知らない、聞かない事になっている。ジントゥーラが我々を仲介した。今夜、会うのは二回目だ」とジョン。


「本当に全然知らない。今までこんな事はなかった」

「その理由は把握してる」


 自分達だ。俺達が動いているから、阿片を確保しに来たのだ。


「本当に知らないのか」

「知らない。私達の雇い主の一人、とだけ言われている」

「アッシュ、エリシアの指を切り落とせ」


 ヴェロニカが言い放つ。こっちは見ていない。エリシアが「嫌っ――」と喉を鳴らした様な声を出す。


「今の俺に出来るのは髪までだ」とアッシュ。


「クソが。臆病者。それでも首斬り隊長か」

「昔の話だ」

「ジョンの話を信用しよう。もういい」

「拷問拒否の後は、お人好しか? これは遊びじゃないんだぞ」

「俺には無理だ。罪のない人の指を落とすなんて事、もう出来ない」


「あの――」とエリシアが声を出した。


「赤毛の人の名前は、ジゼルです」

「おい、何言ってるんだ」


 ジョンが吠える。


「グラオトレイの方とだけ聞いてます」


 ジョンの声を無視して、エリシアが喋る。


「他には?」とヴェロニカ。


「それだけです、本当です」


 エリシアは泣いていた。鼻の先が赤くなっている。


「よし、グラオトレイに戻るぞ」


 ヴェロニカは立ち上がる。


「ジゼルを探し出して、金を頂く」

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