目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第14話 阿片

 上流へ。

 既に辺りは暗い。道なき道を進んできた。店の明かり、街灯のない都市の外は、夕方を過ぎればもう闇夜だった。


「ここからは歩こう」


 ヴェロニカが言った。


「馬は目立つ」


「そろそろなのか?」とアッシュ。


「私が知るか。川が細くなってきてる」


 馬を降りて、手前の木に手綱を繋げた。


「その馬の名前は何だ」とアッシュ。半分笑っていた。


「あぁ? 名前なんてない」


 きっぱりとヴェロニカは言った。殺意のある瞳を向けて。


「二度と聞くな」


**


 暫く獣道を進むと、視界が開けた。冷たい風が通る。暗闇の中だが、人工物が並んでいるのが分かった。木造の家だ。最低限、雨風が凌げればそれでいい。その程度の質素な造りだった。

 三軒から四軒でまとまっており、それが約二十メートル間隔に並んでいる。幾つかの家からは、揺らめく灯りが漏れている。釜戸の火だろう。


「やっとか」


 アッシュは声を漏らした。息が白く染まる。辿り着くまで一時間近く歩いていた。足は限界に近い。


「あそこを見ろ、行くぞ」


 ヴェロニカが指差した先には、小さな畑があった。丁度、家の前にある。村人らしき姿はないが、警戒して屈みながら移動する。


「これは、これは」とヴェロニカ。


 畑で栽培されている青い草を撫でる。


「何だ」


 アッシュは言う。


「ケシだよ」


 つまり、阿片だ。


「あそこに一つ、蕾のなってるやつがある」


 ケシ畑の中を移動した。青い茎の先に、丸い蕾がついていた。


「阿片だ」


 ヴェロニカは蕾にナイフで切れ目を入れる。切れ目から、白い液体が垂れてきた。


「これが阿片の元か?」


 アッシュは液体に触れる。粘性があった。


「このまま空気に触れさせておくと、黒くなってもっとネバネバしてくる」とヴェロニカ。


「詳しいんだな」

「理由は聞くなよ」

「講義は有料?」

「初回はタダだ」

「それを聞いて安心したよ」

「よし、次はあの家に乗り込むぞ」


 ヴェロニカの視線の向こうに、この集落で最も大きい家があった。


「恐らく村長か何かの家だろう。次の講義へ進む暇はない。手っ取り早く、上の人間と話をするのがいい」

「暴力はなしだよな? 手荒なのは嫌だぞ」


「手荒な真似はしない。約束するよ」とヴェロニカの笑み。


「それを聞いて安心した。ノックもするよな?」

「コイツらは悪党だからな」


 ヴェロニカはケシの茎をへし折った。


「慎重に行く。異論は?」


「ない」とアッシュ。


 目的の家の戸に近付いた。ヴェロニカが耳を当てる。アッシュは周りを見て、警戒した。


「起きてるのか」


 アッシュが聞いた。


「そんな感じではないな」とヴェロニカ。


「寝てると思う」

「寝息とか聞こえたのか?」

「うるさい、開けるぞ」


 ヴェロニカが戸に手を掛ける。だが動かない。施錠がしてある。


「ノックは?」とアッシュ。


「黙れ、鍵が掛けてあるぞ」

「人類の文明があるって事さ」


 アッシュが言った。


「ノックしろ」

「するか、クソボケ。これからは何でもアリだ」

「おい、約束が違う」

「こっからは次の約束だ。まずはコイツをゆっくりと静かに壊す」


 ヴェロニカの腕に力が入る。戸が小刻みに揺れた。金属が破裂する様な音がした。ゆっくりと戸が動き出す。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?