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第13話 ザリ遺跡

 二階の寝室に案内された。

 ブラハムは火を灯してから、ベッドに横になる。白い目で天井を見つめ、手を腹の上で組んだ。


「阿片の仕事から手を引いたのは、五年も前だった」とブラハム。


「家族や使用人はいないのか?」


 ヴェロニカが聞いた。


「家族は始末された。使用人ももういない」


 始末、という言葉の真意を聞く事は出来なかった。


「後は死ぬだけの身だ」

「食事はどうしてる」

「一日一回、市庁舎の者が手配してくれる。私は大口の寄付をしているのでな」


「仕事の話をしようか」とヴェロニカ。


「何を知りたい」

「ウル=ニコ商会について。阿片の密売をしている絨毯屋だ」

「俺が絨毯を仕入れました。グラオトレイで店をやってます。絨毯の模様が地図になっていて、それを調べたらこの鍵が見つかりました」


 アッシュがサイドテーブルに鍵を置く。

 直ぐにブラハムは手で払う動作をした。鍵を出しても、見えないのだ。アッシュは鍵を戻した。


「ウル=ニコ商会については知ってる。ジントゥーラが関与している店だ。阿片を取り扱う為に、奴らが作った」


 ブラハムは白い瞳で天井を見つめたまま、一度も瞬きをせずに語る。


「私たちが知りたいのはその先だよ」とヴェロニカ。


「奴らが扱っている阿片がどこから来ているかは知っているか?」

「知らない」

「だったらそこへ行くといい。ここから北に行け。サウスボンスとの国境沿いに、ササバという村がある。行くにはザリ遺跡の裏にあるザリ川を辿れ。ウル=ニコ商会の扱う阿片が、そこで栽培されている」

「やっぱり物知りだな」


 ヴェロニカが言った。


「私の村だった」


 ブラハムが呟く。


「あそこは私のものだった――」


「ちょっと待て、この鍵については?」とアッシュ。


「阿片の密売は慎重にやらねばいけない。鍵は阿片を入れた箱か壷のものだろう」

「鍵と阿片を別々に運んでいるのか」

「昔から変わらないやり方だ」

「ブラハム、ありがとう。謝礼だ」


 ヴェロニカが金貨を出した。


「置いておけ」

「じゃあ、私たちは行く」

「火を消していってくれ」


 ブラハムが言った。


「眩しいのか?」とヴェロニカ。


 ブラハムは何も答えなかった。微かな呼吸だけが聞こえた。

 火を消してから屋敷を出た。


**


 ヴェロニカが新しい馬を調達するのに時間が要るという事なので、その晩は街の外にある旅籠に泊まった。

 翌日、朝一番で馬を入手して、ザリ遺跡を目指して走って来た。


「ここがザリ遺跡か」とアッシュ。


 石造りの祠が三つ並んでいた。左の祠は殆どが崩れていた。中心の祠の前には、オベリスクと呼ばれる石柱が立っていた。途中で折れており、全長を知る事は出来ない。

 全ての祠には蔦が茂っていて、奥には痩せ細った野犬の姿も見える。大陸に点在する遺跡の内の一つだった。


「放置されてるって事は、使える技術がなかったんだろうな」


 ヴェロニカが言った。


 遺跡は太古に大陸で栄えたというタタールリア文明が造ったもので、現在の技術を遥かに越える魔導具や、革新的な魔導文法が発見される事が暫しある。


「それか、見つけられていないか」


 遺跡には隠し扉、隠し階段があり、そこから更に地下や隠し部屋に通じるものもあった。


「どっちにしろ今は関係ない」


 ヴェロニカの言う通りだった。


「これからどうなる?」とアッシュ。


 遠くまで来た。ザリ遺跡の裏に回り、ザリ川を見た。


「阿片村を抑えれば、金になる。大金だ」


 ヴェロニカは言う。


「ジントゥーラの支配下にある村なんだろう」

「そこは才覚の見せ所だな」

「ネコババするのか?」

「私は泥棒じゃない。あくまで私達の商品はお前の鍵だ、それを売る」

「村の連中にか? 奴らに売る事にしたのかよ」

「村を抑えれば、そいつの上まで繋がるだろう。後は鍵を買い取らせる」

「成程な。鍵だけじゃなく、阿片村の秘密も売るのか」

「賢いな。口止め料とだけ言うと、人間なかなか金を払いづらい。まぁ鍵はきっかけみたいなもんだ」

「幾らになると思う?」

「分け前は期待するなよ」


 考えを先回りされた。


「黙ってるけど、どうしたんだアッシュ」

「最低だよ」


 ヴェロニカの短い笑いが響く。

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