二階の寝室に案内された。
ブラハムは火を灯してから、ベッドに横になる。白い目で天井を見つめ、手を腹の上で組んだ。
「阿片の仕事から手を引いたのは、五年も前だった」とブラハム。
「家族や使用人はいないのか?」
ヴェロニカが聞いた。
「家族は始末された。使用人ももういない」
始末、という言葉の真意を聞く事は出来なかった。
「後は死ぬだけの身だ」
「食事はどうしてる」
「一日一回、市庁舎の者が手配してくれる。私は大口の寄付をしているのでな」
「仕事の話をしようか」とヴェロニカ。
「何を知りたい」
「ウル=ニコ商会について。阿片の密売をしている絨毯屋だ」
「俺が絨毯を仕入れました。グラオトレイで店をやってます。絨毯の模様が地図になっていて、それを調べたらこの鍵が見つかりました」
アッシュがサイドテーブルに鍵を置く。
直ぐにブラハムは手で払う動作をした。鍵を出しても、見えないのだ。アッシュは鍵を戻した。
「ウル=ニコ商会については知ってる。ジントゥーラが関与している店だ。阿片を取り扱う為に、奴らが作った」
ブラハムは白い瞳で天井を見つめたまま、一度も瞬きをせずに語る。
「私たちが知りたいのはその先だよ」とヴェロニカ。
「奴らが扱っている阿片がどこから来ているかは知っているか?」
「知らない」
「だったらそこへ行くといい。ここから北に行け。サウスボンスとの国境沿いに、ササバという村がある。行くにはザリ遺跡の裏にあるザリ川を辿れ。ウル=ニコ商会の扱う阿片が、そこで栽培されている」
「やっぱり物知りだな」
ヴェロニカが言った。
「私の村だった」
ブラハムが呟く。
「あそこは私のものだった――」
「ちょっと待て、この鍵については?」とアッシュ。
「阿片の密売は慎重にやらねばいけない。鍵は阿片を入れた箱か壷のものだろう」
「鍵と阿片を別々に運んでいるのか」
「昔から変わらないやり方だ」
「ブラハム、ありがとう。謝礼だ」
ヴェロニカが金貨を出した。
「置いておけ」
「じゃあ、私たちは行く」
「火を消していってくれ」
ブラハムが言った。
「眩しいのか?」とヴェロニカ。
ブラハムは何も答えなかった。微かな呼吸だけが聞こえた。
火を消してから屋敷を出た。
**
ヴェロニカが新しい馬を調達するのに時間が要るという事なので、その晩は街の外にある旅籠に泊まった。
翌日、朝一番で馬を入手して、ザリ遺跡を目指して走って来た。
「ここがザリ遺跡か」とアッシュ。
石造りの祠が三つ並んでいた。左の祠は殆どが崩れていた。中心の祠の前には、オベリスクと呼ばれる石柱が立っていた。途中で折れており、全長を知る事は出来ない。
全ての祠には蔦が茂っていて、奥には痩せ細った野犬の姿も見える。大陸に点在する遺跡の内の一つだった。
「放置されてるって事は、使える技術がなかったんだろうな」
ヴェロニカが言った。
遺跡は太古に大陸で栄えたというタタールリア文明が造ったもので、現在の技術を遥かに越える魔導具や、革新的な魔導文法が発見される事が暫しある。
「それか、見つけられていないか」
遺跡には隠し扉、隠し階段があり、そこから更に地下や隠し部屋に通じるものもあった。
「どっちにしろ今は関係ない」
ヴェロニカの言う通りだった。
「これからどうなる?」とアッシュ。
遠くまで来た。ザリ遺跡の裏に回り、ザリ川を見た。
「阿片村を抑えれば、金になる。大金だ」
ヴェロニカは言う。
「ジントゥーラの支配下にある村なんだろう」
「そこは才覚の見せ所だな」
「ネコババするのか?」
「私は泥棒じゃない。あくまで私達の商品はお前の鍵だ、それを売る」
「村の連中にか? 奴らに売る事にしたのかよ」
「村を抑えれば、そいつの上まで繋がるだろう。後は鍵を買い取らせる」
「成程な。鍵だけじゃなく、阿片村の秘密も売るのか」
「賢いな。口止め料とだけ言うと、人間なかなか金を払いづらい。まぁ鍵はきっかけみたいなもんだ」
「幾らになると思う?」
「分け前は期待するなよ」
考えを先回りされた。
「黙ってるけど、どうしたんだアッシュ」
「最低だよ」
ヴェロニカの短い笑いが響く。