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第12話 全盲

 オルドから貰ったメモの場所へ。町の外れ、醸造所の隣にある屋敷だった。


「腹が減った、昨日の晩からずっと動きっぱなしだ」


 アッシュが下腹部をさする。空腹の音が鳴った。


「土でも食ってろ」


 ヴェロニカが一蹴する。

 馬小屋には何もない。屋敷の前には畑があるが、何かを育てている様子もなく荒れている。屋敷からも醸造所からも明かりは漏れておらず、人の気配はなかった。

 ヴェロニカが扉をノックした。


「いきなりだな」


 アッシュはヴェロニカの後ろで言った。


「押し入るとでも思ったのか」とヴェロニカ。


「アンタを誤解してた。失礼な発言だったよな」

「結果的にな」


 反応なし。


「誰もいないのか」


 ヴェロニカは辺りを見回す。


「寝てるんじゃないか」


 寒い。アッシュは身体を震わせた。夜風が染みる。


「もう日付が変わる時間だろう」


 アッシュは時計を持っていない。時間は勘と教会の鐘が全てだ。

 ヴェロニカがもう一度、扉をノックした。今度は更に強く叩いた。


「開いてる――」とアッシュ。


 扉が外に向かって開いた。


「無用心だな」


 ヴェロニカは躊躇う事なく、扉を全開にして中へ入った。


「おい、いいのか?」

「お前はそこにいろ」


 ヴェロニカに悪びれる様子はない。


「俺が悪かった」

「何だ、話し合いが必要か」

「謝ったろ。苛めないでくれ」


 アッシュも中へ。


**


 華麗な意匠が施された家具が並んでいる。飾られている杯や皿は、殆どが銀で出来ている。高価な物ばかりなのが直ぐに分かる。

 窓から差し込む淡い月明かりだけが頼りだった。立ち上った埃が照らされ、窓から床へ斜めに延びる筋となる。


「ブラハムを探せ」とヴェロニカ。


「二階だろ、寝てるよ」


 大抵、寝室は二階にある。階段を見た。シルクのローブを纏った老人が、階段をゆっくりと下りてくる最中だった。手すりを掴み、一歩一歩下がってくる。


「ブラハムか?」


 ヴェロニカが言った。広い邸宅なので、声が通る。


「もっと行儀よく出来ないものか」とアッシュ。


「お前、自分の顔見た事ないんだな」

「どういう意味だよ」

「品がない」


 アッシュは反論するのを止めた。


「お喋りは終わったかな」と老人。


 老人が階段の中程まで来ていた。月の明かりの中に入ると、顔が露になる。白髪で肌が白い。黒目がない、白い瞳が二つあった。全盲というのは本当らしい。


「貴方がブラハムさんですか? 夜分遅くにすいません、勝手に入ってしまって」


 アッシュが言った。


「そちらは?」


 白いシルクのローブが月の光を浴びて、光沢を増していた。


「ヴェロニカだ。こっちの男はクソ馬鹿野郎」


「どうも」とアッシュ。


「アッシュです」


 アッシュのお辞儀に合わせて、ブラハムは首を傾けた。まるで目が見えているかの様に振舞う。


「目がいいんだな」とヴェロニカ。


「生まれつきだ。慣れている」


 盲目のブラハムが言った。


「強盗ではなさそうだな」

「相談事があって来たんです」


 アッシュが話を切り出した。ヴェロニカに皮肉を言わせていたら、上手くいく話もダメになる、とそう思った。


「阿片について教えろ」とヴェロニカ。


 不遜な態度は相変わらずだ。

 アッシュは横で溜息を吐く。


「誰から聞いた」


 ブラハムの声色が重くなる。月が雲で隠れたのか、光が消える。顔が闇に沈んだ。


「匿名希望だ。情報源は言えない。分かるだろ? お前もこの世界の住人なんだから」

「もう引退している」

「それを知らないで来たと思うか?」

「帰ってくれ」

「恨みがあるんだろ、阿片利権を手放すなんて正気じゃない。ブラハム、アンタは阿片を奪われたんだ。違うか?」


 ブラハムはヴェロニカの言葉を聞くだけで、何も言わない。


「引退したんでな。力にはなれない」


 階段を上がって行く。


「降りてこい。この世界に引退も棄権もない。分かってるだろ」

「その証拠に、君達が来たというのか」


 ブラハムの足が止まった。


「一旦片足を入れたら、もう逃れられない」とブラハムが言う。


「この仕事を始めた時に言われた事があったのを、ずっと考えていた」

「やる気になったな」

「話をしよう。来なさい」


 ヴェロニカとアッシュは、ブラハムに続いて階段を上がった。


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