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第11話 司祭

「腰掛けてお待ち下さい。今、ワインを用意します」


 オルドの家は小さかった。家族はいないのか、床には埃が溜まっていた。グラグラと揺れる椅子に腰掛ける。テーブルには、食べかけの冷めたスープがあった。


「ありがとう、オルド」


 直ぐにワインが出てきた。蝋燭に火を灯す。


「もう何年振りでしょうか。貴方と最後に会ったのは、私が二十かそこらの頃の話でした」


 テーブルに着いたオルドが語り出した。


「あ、すいません、こちらの方は?」


「こいつはクソ馬鹿だ」とヴェロニカ。


 どうもアッシュです、とアッシュは挨拶をした。


「今の協力者ですか」

「奴隷だ。だから名前は覚えなくていいぞ」

「ヴェロニカさん、貴方は本当に何もお変わりない。本物だ」


 オルドは目を細めた。


「貴方は老いない。噂は本当だったんですね」

「お前は老けた」

「容赦ないですね。けど真実です」

「今は何をしている」

「司祭です。この先の教会で説教をしているんですよ」

「そうか、よかったな」

「後はもう死ぬだけです。最後にヴェロニカさんにも会えました」


 オルドという老人の語り口は、穏やかだった。諜報員の協力者だった男とは思えない。


「ジントゥーラと繋がりは?」

「貴方だけです。貴方は私を、誰にも引き継ぎしませんでした」


 オルドは笑った。


「情報が欲しい」とヴェロニカ。


「どんな?」


 オルドの目線が鋭くなる。


「ウル=ニコ商会についてだ。ジントゥーラが阿片密売に使っていた店らしい。絨毯を扱っている店なんだが、何か知らないか」

「俺が絨毯を仕入れたんです。絨毯の模様に、街の地図を仕込ませてあった」


 アッシュが情報を付け加える。


「阿片、ですか」

「ウル=ニコ商会の名前については?」

「聞いた事も。もう現役を退いて長い。町の裏事情にも疎くなってしまって。ただ、阿片なら心当たりはあります」

「何だ」

「教会の懺悔室で聞いた話です」

「流石だな。司祭様に聞いてみるもんだ」


 ヴェロニカは鼻で笑う。


「阿片の売人の告解でした。そこでその男は、この町の外れに住む盲目の男について話していました。盲目の男は今でこそ引退していますが、かつてはこの町の阿片を仕切っていた、と。そして阿片の売人は、盲目の男から阿片を盗んだ事があり、その仕返しに妻子を殺された、という事でした」


「赦したのか?」とヴェロニカ。


「その男の話を聞きながら、私は過去の自分を思い出しました。男が赦しを求めて懺悔室に来た様に、私も司祭になりました。ラマ様の定めた運命なのです。私は赦しました。その盲目の男に会ってみてはいかがでしょうか」

「男の名前は?」

「ブラハム・ホーンギールという名前です。家も分かります。ブラハムはこの町では有名な資産家で、教会にも寄付を頂いています。メモを渡します。念の為、行かれる時は用心して下さい。何が起こるか分からない」


「悪い奴なんですね?」とアッシュ。


「裏切り者の妻と子供を殺すくらいに」

「殺しを躊躇う柔な男ではないです。つまり、極悪人ですね」

「金持ちは裏の顔があるのが世の常だ。オルド、神に背いてくれて悪いな」


 ヴェロニカがオルドから紙切れを受け取る。


「以前に比べたら、どうって事ないです」

「今は平和な時代だ」

「ええ、随分と良くなりました」

「これは謝礼だ」


 金貨一枚を出した。


「受け取れ」


「こんなに」とオルド。


「けど、いりません。そんなつもりじゃありませんでした」

「教会への寄付だ。これは命令だぞ」


 オルドは黙って金貨を受け取る。


「じゃあな」


 ヴェロニカは出されたワインを飲み干した。アッシュも同じ事をする。


「もう行く」とヴェロニカ。


「ヴェロニカ様」


 オルドが言った。


「何だ」

「楽しかったです」

「私もだ。達者でな」


 二人はオルドの家を出た。

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