「腰掛けてお待ち下さい。今、ワインを用意します」
オルドの家は小さかった。家族はいないのか、床には埃が溜まっていた。グラグラと揺れる椅子に腰掛ける。テーブルには、食べかけの冷めたスープがあった。
「ありがとう、オルド」
直ぐにワインが出てきた。蝋燭に火を灯す。
「もう何年振りでしょうか。貴方と最後に会ったのは、私が二十かそこらの頃の話でした」
テーブルに着いたオルドが語り出した。
「あ、すいません、こちらの方は?」
「こいつはクソ馬鹿だ」とヴェロニカ。
どうもアッシュです、とアッシュは挨拶をした。
「今の協力者ですか」
「奴隷だ。だから名前は覚えなくていいぞ」
「ヴェロニカさん、貴方は本当に何もお変わりない。本物だ」
オルドは目を細めた。
「貴方は老いない。噂は本当だったんですね」
「お前は老けた」
「容赦ないですね。けど真実です」
「今は何をしている」
「司祭です。この先の教会で説教をしているんですよ」
「そうか、よかったな」
「後はもう死ぬだけです。最後にヴェロニカさんにも会えました」
オルドという老人の語り口は、穏やかだった。諜報員の協力者だった男とは思えない。
「ジントゥーラと繋がりは?」
「貴方だけです。貴方は私を、誰にも引き継ぎしませんでした」
オルドは笑った。
「情報が欲しい」とヴェロニカ。
「どんな?」
オルドの目線が鋭くなる。
「ウル=ニコ商会についてだ。ジントゥーラが阿片密売に使っていた店らしい。絨毯を扱っている店なんだが、何か知らないか」
「俺が絨毯を仕入れたんです。絨毯の模様に、街の地図を仕込ませてあった」
アッシュが情報を付け加える。
「阿片、ですか」
「ウル=ニコ商会の名前については?」
「聞いた事も。もう現役を退いて長い。町の裏事情にも疎くなってしまって。ただ、阿片なら心当たりはあります」
「何だ」
「教会の懺悔室で聞いた話です」
「流石だな。司祭様に聞いてみるもんだ」
ヴェロニカは鼻で笑う。
「阿片の売人の告解でした。そこでその男は、この町の外れに住む盲目の男について話していました。盲目の男は今でこそ引退していますが、かつてはこの町の阿片を仕切っていた、と。そして阿片の売人は、盲目の男から阿片を盗んだ事があり、その仕返しに妻子を殺された、という事でした」
「赦したのか?」とヴェロニカ。
「その男の話を聞きながら、私は過去の自分を思い出しました。男が赦しを求めて懺悔室に来た様に、私も司祭になりました。ラマ様の定めた運命なのです。私は赦しました。その盲目の男に会ってみてはいかがでしょうか」
「男の名前は?」
「ブラハム・ホーンギールという名前です。家も分かります。ブラハムはこの町では有名な資産家で、教会にも寄付を頂いています。メモを渡します。念の為、行かれる時は用心して下さい。何が起こるか分からない」
「悪い奴なんですね?」とアッシュ。
「裏切り者の妻と子供を殺すくらいに」
「殺しを躊躇う柔な男ではないです。つまり、極悪人ですね」
「金持ちは裏の顔があるのが世の常だ。オルド、神に背いてくれて悪いな」
ヴェロニカがオルドから紙切れを受け取る。
「以前に比べたら、どうって事ないです」
「今は平和な時代だ」
「ええ、随分と良くなりました」
「これは謝礼だ」
金貨一枚を出した。
「受け取れ」
「こんなに」とオルド。
「けど、いりません。そんなつもりじゃありませんでした」
「教会への寄付だ。これは命令だぞ」
オルドは黙って金貨を受け取る。
「じゃあな」
ヴェロニカは出されたワインを飲み干した。アッシュも同じ事をする。
「もう行く」とヴェロニカ。
「ヴェロニカ様」
オルドが言った。
「何だ」
「楽しかったです」
「私もだ。達者でな」
二人はオルドの家を出た。