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第10話 七十年

 目抜き通りまで戻った。酒場からも酔っ払いが出てきて、燃えているウル=ニコ商会の夜空を眺めている。煙が上がり、炎が煌々と光っていた。炭鉱町だけあって、男達は荒々しい奴らが多い。炎を見て声を上げ喜び、殴り合いをしている。

 アッシュとヴェロニカは広場の隅にいた。


「アンタ知り合いなのか、さっきの奴らと」とアッシュは言った。


「知り合いにみえたのか? だとしたらお前、相当ヤバいぞ」


 ヴェロニカは夜空に立ち上る煙を眺めて言った。

 夜風が吹くと寒い。耳が千切れてしまいそうだった。


「アンタらしくない。隠さなくてもいいだろ」

「真実だ。私は奴らを知らない。だが奴らはそうじゃなかった、という事だ」

「有名人って事か」

「私も同じだった、それだけだよ」

「その――ジントゥーラだったのか? 黒頭巾を被って、夜討ちしてたってのか」

「命じられれば、女子供も殺してた。サウスボンスの諜報員ってのは、強く冷酷だ」

「どうせその中でもヤバい奴だったんだろ。あの黒頭巾、アンタに敬意を表してた」

「私は伝説で、ある人物の加護の元、自由になった。

向こうは、そうだな、表立って手出しは出来ない感じだ。政治の道具なんだよ、私は私でな。で、お前こそどうなんだ――首斬りのアッシュ」

「その名前で呼ばないでくれ」

「命令か」

「お願いだよ」

「人殺しだったのか」

「アンタにも知らない事があったんだな」

「さっさと話せ。人殺し」

「そういう言い方は傷つくな。仕事だったんだよ。そういう仕事だ。もう分かるだろ」

「“死刑執行人”か。お前みたいな弱々しい男が、首斬り隊長だったとはな」

「首斬りは力じゃなく儀式なんだよ。死神ハーデスと繋がり、魔導を貸してもらって対象者の動きを封じる。そうしてやっと、邪悪な魂を冥府に届ける。だから魔導の文法は長くてとても実戦的じゃないし、とにかく面倒なんだよ。

そもそも対話法を使って罪人に術を掛けるから、罪を告白させて償いを口にしてもらわなくちゃいけない、ってまぁこんなの話してもしょうがない」

「じゃお前、魔導の才能があるのか?」

「適正はある。訓練を積んだのはハーデスと罪人と俺の三者で行う、儀式魔導だけだよ。もういいだろ。それで、これからどうする?」

「引き下がる訳ないだろ」

「だろうな。けど、鍵の買い手は燃えてなくなった」


「ショノフに来るのは初めてじゃないと言ったろ。ジントゥーラ時代の知り合いがいる。会いに行くぞ」とヴェロニカ。


「新しい買い手を探す」

「待てよ、それ危なくないか」


 歩き出したアンナを止めた。


「さっきの奴らが先回りとかしてる可能性があるだろ」

「いや、心配ない。これから会いに行く男と会うのは、七十年振りだ」

「おいおい、ちょっと待て。アンタ一体いくつなんだ?」

「当ててみろ」

「分からないな。女の歳を当てるのは苦手なんだ」

「それでいい」


 広場を抜けた。


**


 広場を出て、路地から更に細い路地へ。カビ臭い建物と、放置されている壊れた家具、灰色の泥水の溜まり。七十年振りだというのに、ヴェロニカの足取りは明瞭で迷いがなかった。


「本当に七十年振りなら、もう死んでるんじゃないのか」

「かもな」


 アッシュの問いに、ヴェロニカは軽く答えた。


「ここだよ」


 古い民家だった。木の扉。目線くらいの高さに、一部に穴が空いている。経済水準は高くなさそうだが、アッシュとヴェロニカのいる通り自体が、全てそんな感じだった。

 汚い路地だが、カルジーナ地区ほど不衛生でも危険でもないのは、この町がグラオトレイ程大きくないからだろう。


「大丈夫なんだろうな」


 アッシュが念を押す。


「心配するな。こいつは昔、ジントゥーラの協力者だった」

「それが新しい買い手か?」

「いや、話を聞くだけだ」


 ヴェロニカは扉を三回ノック。それから三拍置いて、四回ノック。また三拍置いて、二回ノックした。


 反応がない。


「誰も出てこない」とヴェロニカ。


「もういないんだよ」

「まぁ待て」

「七十年は長い、確かめてやる」


 アッシュは扉に空いている穴を覗いた。


「うわっ」


 穴の向こうに目があった。驚いて腰を抜かした。気味が悪い。


「どうだった?」

「誰がいた」

「だろうな」


 扉が開いた。痩せ扱けた老人男性が出てきた。骨の様に細い腕と、浮き上がった鎖骨。前へ飛び出した瞳に、乾いた唇。上着は汚れていて、裸足だった。


「嘘じゃないのか。なんて事だ」


 老人は言った。声は震えていた。


「これは奇跡か」

「嘘じゃない、オルド。久しぶりだな」とヴェロニカ。


「ああ……はい」と戸惑っている様だった。


「このまま立ち話か?」とヴェロニカ。


「いえ、勿論。お久しぶりです、ヴェロニカさん。さ、中へ。外は冷えますから」


 オッドと呼ばれた老人に招かれて、家の中へ入った。


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