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第9話 悪い虫

 奥で何かを探っている様だ。

 それからヴェロニカが腕を抜くと、黒い表紙の本が出てきた。


「あったろ?」


 開いて確認する。台帳だった。


「俺の名前もあるな」


 二週間前だ。売上が計上されている。しっかりと、アッシュの名前が書かれていた。


「よし、出るぞ。宿で裏帳簿を精査する。これも売れるぞ」

「盗んだ物だろう」

「グラオトレイで盗品も扱ってるお前から、まさかそんな言葉が聞けるとはな」

「知ってたのかよ」


 アッシュは目を伏せた。


「お見通しだ」

 ヴェロニカと一緒にウル=ニコ商会を出る。


「また客か」


 外に出て直ぐに、ヴェロニカが零した。


「今度は何だ」


「結構いる」とアッシュ。


 誰とも分からない五人が待ち構えていた。

 黒い頭巾に黒い手袋、黒いブーツ。全身黒ずくめの奴らだった。その内の一人が松明を持っている。


「美人は辛いな」とヴェロニカ。


「どこに行っても悪い虫が付いてくる」

「ジントゥーラか? サウスボンスから、よくもまぁ遥々やって来たな」


 ヴェロニカが挑発した。黒頭巾の奴らは、微動だにしない。


「答える義務はない」


 黒頭巾の内の一人が言った。男の声色だった。


「持ち出したものを返してもらう」


「悪い事は出来ないな、お互い」とヴェロニカ。


「秘密なんだろ、コイツの存在は」


 ヴェロニカが帳簿を見せびらかす。


「渡すのか?」


 アッシュが言った。


「勝ち目がない。コイツらは強いんだよ」


 ヴェロニカとアッシュが何を喋っても、五人の黒頭巾達は黙っている。動きの気配もない。


「持っていけ」


 ヴェロニカが黒頭巾の足元に、裏帳簿を放った。

 黒頭巾が拾う。


「あ、そういえばエドワールは死んだぞ」とヴェロニカ。


「だからここにいる」

「お前を絶対に見つけるからな」


 ヴェロニカは言った。


「必ずこの始末をつけさせる」


 黒頭巾の男は裏帳簿を拾い上げると、ヴェロニカを無視して、他の奴らに「燃やせ」と短い指示をした。

 松明を持っていた一人が動き出し、躊躇いなく店に火を放った。


「二度とここには来ない事だな、ヴェロニカ・シェーン・セラノ。今回は過去のお前に敬意を表して、逃がしてやる」

「おい、ちょっと待て。どういう事だ」


 アッシュが突っかかる。


「お前は何も知らなくていい。首斬りのアッシュ。そうだろう」


 目が合った。黒頭巾から、緑色の瞳が覗く。


「なんでそれを――」とアッシュ。


「ある種、お前達二人はお似合いだ」


 黒頭巾達は去った。


「クソ」


 ヴェロニカは呟く。

 炎の気配に気付いた、幾つかの市民の姿が集まってきた。


「早く逃げよう」とアッシュ。


「逃げるんじゃない、距離を取ってやるだけだ」


 ヴェロニカの口調は強い。


「なんでもいい、行こう」


「ふざやけがって」とヴェロニカ。


 燃える店を後にする。


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