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第8話 ウル=ニコ商会

 ウル=ニコ商会は、二階建ての小さな家にあった。

 扉には茨の飾りが施されている。隣の家は屋根の修理途中なのか、梯子が掛けられたままだ。


「どうするんだ」とアッシュ。


「店はもう閉まってる時間だ。鍵を売る相手はいないんじゃないか」


 通りは暗く、視界は悪い。目抜き通りから少し入った所にあるので、人影はなかった。


「明日まで待つ、と私が言うと思うか」


 ヴェロニカは梯子を見る。


「質問の意味がちょっと分からないな」

「侵入だ」

「意味ないだろ」

「一筋縄でいくと思ったか? 交渉を有利にする為なら、事前の準備は怠らない事だ」

「お金を稼ぐって難しい」

「学習したな、嬉しいよ」


 梯子を上る事になった。


 **


 隣の家の屋根から、ウル=ニコ商会の屋根へと移る。高い所に行くと、夜の寒さをより強く感じる。微かな光の灯る民家が、ぽつぽつと見えた。


「バランスを崩すな」とヴェロニカ。


「俺が自殺志願者に見えるか?」

「借金ってのは、死ぬのに十分な理由だ。ベランダに下りるぞ」


 裏側に一メートル程の幅のベランダがあった。


「マジか」


 ウル=ニコ商会の二階にあるベランダを見下ろす。飛び降りるとなると、足がすくんだ。


「一生ここで暮らすつもりだったとはな」


 ヴェロニカが先にベランダへと降りる。見事に着地音が消えていた。


「待て。俺はそんなに上手く降りられない。大きな音が立つ」

「やっぱりそこで暮らすのか。お別れだな、残念だよ。まぁ屋根の上だし、暮らすにはいいんじゃないか。日当たりもいい」

「待て、待て」

「膝を使え、目は閉じるな」

「行くぞ」

「宣言はいいから実行しろ」


 飛び降りた。着地と同時に膝を曲げる。


「うっ」


 結果的に尻餅をついた。目を開く。見下しているヴェロニカがいた。


「どんくさい」とヴェロニカ。


「何も出来ないんだな」

「誰にだって初めてはある。次は宙返りだってしてやるさ」

「自分が間抜けだ、と自白するお前が羨ましい。さぞかし単純な人生を送っているんだろうな」

「見せてやりたいよ、俺が見てる光景を」

「静かにしろ。入るぞ」


 ヴェロニカが窓枠を掴み、上に押しやる。窓が開いた。


「開いてるもんなんだな」


 アッシュは呟いた。


「閉じいてたら割ったまでだ。つまり、窓は常に開いてる事になる。強者の理論だ」


 ヴェロニカは小声で喋る。


「ならず者の理論だろ」

「言っておくが、お前も同罪だからな」

「それは何の理論だ」

「名をつけるなら、運命だ」


 二階へ侵入する。


**


 明かりのない部屋。棚と机、それに丸められた絨毯が並べられている。ベッドはない。

 机の上には短い蝋燭と、開かれた台帳と思しき本が一冊。


「誰かいるか?」とアッシュ。


「見れば分かる」


 誰もいない。

 ヴェロニカは机に近づき、台帳に触れる。指でなぞり、複式簿記を読んでいる様だ。


「何かあったか?」

 アッシュは何をしていいか分からない。


「いや、普通の帳簿だ」


 試しにアッシュも覗き見る。帳簿は店の全てを知る、貴重な手掛かりだ。

 ヴェロニカは黙ってページを捲る。


「お前の名前がないけどな」とヴェロニカは台帳から目線を外す。


「取引をしたのは二週間くらい前だ」


 アッシュも台帳を調べた。


「あったか?」


 ヴェロニカが言った。


「そんな目で見ないでくれ」とアッシュ。


 取引の記録は残されていなかった。


「裏帳簿があるな」


 ヴェロニカは一階に下りていく。アッシュも続いた。

 一階にも、同じく絨毯が並べられていた。色、大きさ、模様は様々だ。


「一見すると全うな店にも見える」

 ヴェロニカはカウンターの向こうへ。


「記録していないかもしれない」とアッシュは言った。


 ヴェロニカはカウンターの向こうにある本棚を見る。並べられた本の背表紙を押したり、引き出したり、何かを確認している。


「いや、裏帳簿はある。ジントゥーラのやり方なら分かってる」

「自信があるんだな」

「生まれながらの勝者だからな」

「意外ではないな。なんていうか、アンタはそんな感じだ」

「ここらか」


 ヴェロニカが数冊の本を取り出し、カウンターへ避けた。


「コイツらだけ埃がない」


 本が抜けたスペース。本棚の奥に、ヴェロニカが手を伸ばす。


「どうした?」とアッシュ。


 ヴェロニカの体が傾く。肘の先まで本棚へ入っていく。


「隠し戸だ」


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