「準備は出来たか?」
朝になり、ヴェロニカと合流した。第四門近くにある酒場の前だった。酒場はまだ閉まっている。
「バッチリだよ。アンタは?」
「馬を二頭用意した」
併設している厩へ回り込む。
「これか、小さいな」とアッシュ。
「猫は?」
「猫は家だ」
「飼うのか」
「違う」
「家に置いたんだから飼ってるだろ。それとも食うつもりか?」
「殺すぞ」
「はーい、すいませーん」
「馬はあれだ。あれで移動する」
茶色と黒の馬が二頭。ヴェロニカの話だと、この二頭だと言う。
「これで二千ギルだ」
ヴェロニカが鞍を載せる。
「二頭で?」
「一頭だ」
「高い。他のより小さいだろ」
「セイントガルド産の馬だ。身が締まって、とにかく速い」
「成程」
セイントガルドはバヤジットの東に位置する同盟国だった。大戦でもその名を馳せたクロイツァー騎兵隊の実力は、誰もが知るところだ。
「セイントガルド産ならそりゃするわ」
「お前の金だからな」
「は?」
「借金が増えたという事だ。一万六千ギルだ」
「アンタの馬の分も入ってるだろ」
「そういう計算は早いんだな。馬鹿じゃないという点は評価してやる」
「指を使って数えた。知らない? 簡単だよ」
「やはり馬鹿だな」
「経費は折半にしよう」
「私に命令か」
「奥ゆかしくて、控えめな提案だ」
「考えておこう」
ヴェロニカが黒い馬を見る。
「乗れ、行くぞ。門が開く。こっちの馬の名前はドルフォ。そっちはイルモアだ」
「馬には名前をつけるのか?」
アッシュは笑った。
「猫にはつけていないのに」
「ダメなのか、あぁん?」とヴェロニカ。
「案外可愛いんだな、アンタ」
「クソが、殺すぞ」
ケツを蹴られた。それから黙ってアッシュも馬に乗った。
第四門を抜け、街の外へ。グラオトレイ街道を南へ進み、ショノフを目指す。
**
街を抜けて直ぐには、醸造所や酒場、小さな村などが点在する。
それすらもなくなってくると、街道の体裁もなくなり、ただ獣道の様な筋が土の上に続いているだけになる。
「ショノフまで今夜中に着くぞ」
走りながら、ヴェロニカが言った。
「無理だ。三日は掛かった」
絨毯を仕入れた時はそうだった。
「この馬は速い、休みなしで走れば可能だ」
「馬が潰れる。休まないとダメになる。コイツは二千ギルだぞ」
それに眠りたい。
「時は金なり。私は馬を買ったんじゃなく、掛け替えのない時間を買ったんだよ」
「アンタの価値観は分からねぇ」
「だからいつまでも貧乏なんだ。これは投資だよ」
「頭が痛くなる」
「どうしようもない馬鹿だな、お前は。話しいてると馬鹿が感染る」
ヴェロニカを乗せた馬が加速した。
「ふざけんなよ」
アッシュも後を追う。
**
夜の十時過ぎ。ショノフに着いた。途中の集落で馬への飼葉を盗んだ時以外、休みはなかった。
ショノフは、グラオトレイの様な城壁はない。小規模な炭鉱町だった。街道沿いにある詰め所で、通行税を払えば誰でも入る事が出来る。
「分け前は?」とアッシュ。
「借金の返済に回った」
ヴェロニカが言った。
厩に乗ってきた馬を売った。二頭とも相当疲れていて、もう走れない。ヴェロニカが厩の主人と話をつけて、二頭合わせて七百五十グルテンで捌いた。
「それを聞いたら更に腹が減った」
「食事をしたいのか?」
「ああ、あと眠りたい」
ショノフの目抜き通りにいた。酒場から明かりと、男の歌声が漏れてくる。夜はまだまだ長く続きそうだ。炭鉱町だけあって、似合った野太い声しかしない。
街灯はあるが、グラオトレイ程は多くない。火が灯っていないものもある。衛兵の姿もない。典型的な田舎町だ。
「ショノフに来た事は」
アッシュがヴェロニカに聞く。
「ある。ここに来るまで、お前に道を聞いたか?」
「アンタは何でも知ってるし、何でもやってる。そのうち世界も手に入れるさ」
「食事は仕事の後だ。金を手に入れに来たんだぞ」
ダレン通りのウル=ニコ商会へ向かって歩く。