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第7話 時は金なり

「準備は出来たか?」


 朝になり、ヴェロニカと合流した。第四門近くにある酒場の前だった。酒場はまだ閉まっている。


「バッチリだよ。アンタは?」

「馬を二頭用意した」


 併設している厩へ回り込む。


「これか、小さいな」とアッシュ。


「猫は?」

「猫は家だ」

「飼うのか」

「違う」

「家に置いたんだから飼ってるだろ。それとも食うつもりか?」

「殺すぞ」

「はーい、すいませーん」

「馬はあれだ。あれで移動する」


 茶色と黒の馬が二頭。ヴェロニカの話だと、この二頭だと言う。


「これで二千ギルだ」


 ヴェロニカが鞍を載せる。


「二頭で?」

「一頭だ」

「高い。他のより小さいだろ」

「セイントガルド産の馬だ。身が締まって、とにかく速い」

「成程」


 セイントガルドはバヤジットの東に位置する同盟国だった。大戦でもその名を馳せたクロイツァー騎兵隊の実力は、誰もが知るところだ。


「セイントガルド産ならそりゃするわ」

「お前の金だからな」

「は?」

「借金が増えたという事だ。一万六千ギルだ」

「アンタの馬の分も入ってるだろ」

「そういう計算は早いんだな。馬鹿じゃないという点は評価してやる」

「指を使って数えた。知らない? 簡単だよ」

「やはり馬鹿だな」

「経費は折半にしよう」

「私に命令か」

「奥ゆかしくて、控えめな提案だ」

「考えておこう」


 ヴェロニカが黒い馬を見る。


「乗れ、行くぞ。門が開く。こっちの馬の名前はドルフォ。そっちはイルモアだ」

「馬には名前をつけるのか?」


 アッシュは笑った。


「猫にはつけていないのに」

「ダメなのか、あぁん?」とヴェロニカ。


「案外可愛いんだな、アンタ」

「クソが、殺すぞ」


 ケツを蹴られた。それから黙ってアッシュも馬に乗った。

 第四門を抜け、街の外へ。グラオトレイ街道を南へ進み、ショノフを目指す。


 **


 街を抜けて直ぐには、醸造所や酒場、小さな村などが点在する。

 それすらもなくなってくると、街道の体裁もなくなり、ただ獣道の様な筋が土の上に続いているだけになる。


「ショノフまで今夜中に着くぞ」


 走りながら、ヴェロニカが言った。


「無理だ。三日は掛かった」


 絨毯を仕入れた時はそうだった。


「この馬は速い、休みなしで走れば可能だ」

「馬が潰れる。休まないとダメになる。コイツは二千ギルだぞ」


 それに眠りたい。


「時は金なり。私は馬を買ったんじゃなく、掛け替えのない時間を買ったんだよ」

「アンタの価値観は分からねぇ」

「だからいつまでも貧乏なんだ。これは投資だよ」

「頭が痛くなる」

「どうしようもない馬鹿だな、お前は。話しいてると馬鹿が感染る」


 ヴェロニカを乗せた馬が加速した。


「ふざけんなよ」


 アッシュも後を追う。


**


 夜の十時過ぎ。ショノフに着いた。途中の集落で馬への飼葉を盗んだ時以外、休みはなかった。

 ショノフは、グラオトレイの様な城壁はない。小規模な炭鉱町だった。街道沿いにある詰め所で、通行税を払えば誰でも入る事が出来る。


「分け前は?」とアッシュ。


「借金の返済に回った」


 ヴェロニカが言った。

 厩に乗ってきた馬を売った。二頭とも相当疲れていて、もう走れない。ヴェロニカが厩の主人と話をつけて、二頭合わせて七百五十グルテンで捌いた。


「それを聞いたら更に腹が減った」

「食事をしたいのか?」

「ああ、あと眠りたい」


 ショノフの目抜き通りにいた。酒場から明かりと、男の歌声が漏れてくる。夜はまだまだ長く続きそうだ。炭鉱町だけあって、似合った野太い声しかしない。

 街灯はあるが、グラオトレイ程は多くない。火が灯っていないものもある。衛兵の姿もない。典型的な田舎町だ。


「ショノフに来た事は」


 アッシュがヴェロニカに聞く。


「ある。ここに来るまで、お前に道を聞いたか?」

「アンタは何でも知ってるし、何でもやってる。そのうち世界も手に入れるさ」

「食事は仕事の後だ。金を手に入れに来たんだぞ」


 ダレン通りのウル=ニコ商会へ向かって歩く。

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