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第5話 炎の大男

 空き巣か――。


「随分といいタイミングじゃねぇか」

「初めて意見が一致した。アンタの言う通りだ」


 悪い予感しかしなかった。状況が状況だ。自然な思考だろう。


「やれやれ、今度は誰の死体だ。お前、家族は?」

「妹がいるが、ここには住んでいない」

「急いだ方がいいんじゃないか。妹ってのは、殺し甲斐がある」とヴェロニカ。


 言われる前に、扉を開いていた。荒らされていた。

 テーブル、棚、引き出し、書類やらの紙々、書物、フライパン、薪が散乱している。壷は割られ、エールビールと赤ワインが撒き散らされていた。


「妹の死体はないか?」


 ヴェロニカの問いには答えずに、二階へ。二階も一階と同じ状況だった。誰かが侵入し、この家を荒らした。


「おい、死体はあったか?」


 からかう様なヴェロニカの声が、一階から聞こえていた。本当に腹の立つ女だ。

 アッシュは一階に降りて、「ない」と言った。


「怒ってるのか?」とヴェロニカ。


「アンタは笑ってるな。何が可笑しい」

 サウスボンスの諜報員の死体、阿片、謎の鍵。それに続き、自分の家を荒らされた。なのに一ギルも借金は減らない。感情が爆発しそうだった。


「アッシュ、お客が来たぞ」


 ヴェロニカが顎で扉を差す。

 開いた扉、暗い夜、溢れる程度の月光。赤いシルエットが浮かんでいた。

 赤いローブを羽織り、顔は影。四角い顎と唇しか見えない。大男だった。ガッチリとした、広い肩幅が聳える。


「鍵を渡せ」


 大男の声。低く潰れた様な声だった。


「なんだ、それ。新しい小説のタイトルか?」とヴェロニカ。


「……いいから鍵を渡せ」

「アンタが俺の家をめちゃくちゃにしたのか?」


 アッシュは聞いた。


「外に部下を待たせている。早くしてくれ」と一言、ローブの男は言った。


「随分と穏やかな脅しだな」


 まるで他人事の様にヴェロニカは言う。壁に凭れて、成り行きを眺めている。


「鍵を渡すなよ」

「それは俺が決める事だ」

「いいから、絶対に渡すな」


 ヴェロニカが繰り返す。


「アンタの命令は知らない」とアッシュ。


「ならば話は早い」


 赤いローブの男は手の平を握り、拳を作った。直後、拳の上に小さな輝き。それが直ぐに発火し、炎となった。

 魔導士なのか――。アッシュは状況を理解する。

 赤いローブの男が拳を引っ繰り返し、指を広げると、炎は更に大きなり強く揺れた。息するかの様な流れ。炎の操作を手慣れている。相当の使い手、という事だ。


「分かった。これが鍵だ」


 舌打ちをして、アッシュは鍵を放った。

 赤いローブの男は炎を消し、鍵を受け取った。


「用は済んだだろ、出て行ってくれ。片付けがある」


 アッシュは言った。赤いローブの男は何も言わず、立ち去った。


「鍵をやったのか?」


 ヴェロニカが言った。


「私の意見を無視したな」

「してない。ここにある」


 アッシュはヴェロニカに鍵を見せる。指先には、土から掘り返した鍵がぶら下がっていた。

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