カルジーナ地区から西へ。
イグナイブス通りからドロティーナ通りを一旦北上し、ゲロッグ横丁の先を曲がると、シロ通りだった。
貧困街とは違い、街灯のある通り。酔っ払いも猫の死体もない、ごく一般的な地区だった。ランタンを持つ衛兵とすれ違い、第三門付近へ。
シロ通りの路地へと入る。
「その猫、いつまで持っているつもりだ」とアッシュ。
「うるさい」
ヴェロニカがアッシュの顔を見ないで答えた。
「本当は気に入ってるんだろ」
「死ね死ね死ね」とヴェロニカが放つ。
「はいはい。あ、多分あの木とかその辺りだな」
アッシュはメモを見て確認する。
ヴェロニカが松明で、アッシュの指差した方向を照らした。枯れた木があった。まだ冬だ。あの木に葉が茂るまで、およそ二ヶ月は待たなくてはならない。
「何があるかな」とヴェロニカ。
近付いてみる。何の変哲もない木だった。木である事以外に証明出来ない木。
「金の匂いはしたか?」
アッシュはメモを畳む。ヴェロニカは松明で木を照らして確認し、それから視線を下に向けた。地面を眺める。
「臭いところは見つけた」
アッシュがヴェロニカへ近づく。
「ここを見てみろ、踏み込むと僅かに土が柔い」
「確かに、色もなんだかちょっと違うな」
ヴェロニカが踏みしめた部分だけ、土の色が濃い。
「掘れ」
「俺が?」
「え、もしかして私が掘ると思ったのか。逆に?」
「いや、そうじゃないけど。じゃあ、この土を道具もなしにやれってか。爪に土が入り込むだけで、まともに掘れる気がしない」
「殺すぞ、やれ」
黙って従う事にした。
**
暫し土を掘り返すと、一つの木箱が出てきた。
「クソ、ほらよ」
アッシュはヴェロニカに手渡す。片手で持てるくらいの、小さな箱だった。
「金の匂いがしない。期待出来そうにないな」
ヴェロニカは受け取る。交換でアッシュが松明を持つ。
「これで返済するつもりだよ、俺は。苦労して手も汚れたし」
「その思考が貧乏の原因だ」
ヴェロニカは木箱を開く。
「現実を見ろ」
「何だ」とアッシュは覗き込んだ。
「一万二千ギルがあったか」
「鍵だよ」
木箱を雑に投げ捨て、鍵を親指と人差し指で持つヴェロニカ。
「やっぱな、クソはクソしか見つけられないっていうのが相場だ」
アッシュは次の言葉を見つけられない。あっても出せない。
「これはどこの鍵だ」
ヴェロニカがアッシュに鍵を放る。
「直ぐに言わなきゃ殺すぞ」
「分からない」
「何でも直ぐに言えばいいって訳じゃない。舐めてんのか」
「じゃあそれ以外に何も言えない俺は、死ぬのか?」
鍵を見た。何の変哲もないただの鍵だった。何度見ても。心当たりも全くない。聞いた事もない。クソ。
「この鍵でどこを開ければいい。どこに金塊があるんだ」
「それを今、考えてる」
何も思い浮かばない。この鍵はなんだ。こうなれば最早何でもいい。ヴェロニカから時間を引き延ばす事だけを考えろ。
「朝までは待てないぞ」
「分かってる。ちょっと待て、もしかしたら俺が絨毯の仕入れをした、ショノフの店に関係があるかもしれない」
「店の名前は?」
「詳しい事は家に戻らないと」
「じゃあ戻るぞ」
ヴェロニカは背中を向けて歩き出す。
**
カルジーナ地区に戻った。名もなき通りの中ほどにある、六角路。その内の一本に入った先に、アッシュの家はあった。
一階はアッシュの店、アッシュ・ルーランド商会の倉庫兼作業場、二階は寝室だった。そこに並ぶ他の家と同じく、特別性はない。小さく粗末な家だった。
「汚くて陰気な家だな。いかにもって感じだ」とヴェロニカ。
「見る目がないな、芸術作品と思ってくれ」
アッシュは鍵を出し、扉に手を掛ける。
「どうした」とヴェロニカ。
動きを止めたアッシュに、ヴェロニカが言った。
「開いてる」とアッシュ。