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第18話 刻まれた二つの想い

 虐待や戦争によって、無情にも命を落とす動物達。飼い主の事情により、やむを得ず殺処分されるペット達。これらの憎しみに満ちた怨念が、やがて魂を邪霊へと変貌させる。だからといって、悪いのは動物ではなく、いつの時代も身勝手に振る舞う人間達。


 とはいえ、中には慈しみに満ちた心で、優しく手を差し伸べる人だっている。したがって、世に存在する全ての者が悪とはいえないだろう。このような理由もあり、浄化の力を使う前には必ず魄霊はくれいの心に呼びかけていた。それは一つの切ない願い、来世では人を嫌いにならないで欲しい。


 こうした想いを伝えるために、烏兎うとは今日まで必死に頑張ってきた。どんな時でも弱音を吐かず、前向きに取り組もうとする姿勢。これも全ては、地に落ちた魄霊はくれいをも自らの手で救ってやるため。ところが、聞かされた内容はまさかの蹂躙じゅうりんする抑圧した力業ちからわざ


 そんな思いもよらぬ衝撃に、烏兎うとは落胆した面持ちで話す。すると――、これを察した白狐びゃっこが宥めるような素振りで声をかける。



「こん。さっき私はね、能力の違いを説明したかも知れない。だけど本来の意味は必ずしもその通りとは限らない。だから烏兎うとは哀しまなくてもいいのよ。魄霊はくれいだってね、苦しんでなんかいないと思うわ」

「苦しんでいない? でも白狐びゃっこは、神気しんきで押さえつけてる。そう言ったよね」


 辛く哀しそうな表情を浮かべた烏兎うとの姿。この様子を案じる白狐びゃっこは、改めて先ほどの意味合いを詳しく述べる。


「こん。そうね、でも勘違いしないで欲しい。押さえつけていると言ったのは、邪霊を滅する時の言魂ことだま烏兎うとには、もう一つの素晴らしい能力があるでしょ」

「もう一つの……?」


 動物は鳴き声やフェロモンにより、お互いの意思疎通を図ろうとするもの。一方で、人間は言葉や文字によって、相手に気持ちを伝え合う優れた存在。


 にもかかわらず、情勢は貧困による格差から、終わりの見えない戦争へと発展してきた。それは言葉といった表現ではなく、暴力によって解決しようとする悲しき現実。自らの意思を理解して貰うには、それほどまでに難しいものであるといえた。


 ゆえに言葉巧みな白狐びゃっこであるも、状況を教え説くには少しばかり困難であった。そのため、敢えて結論には触れず、思わせぶりな素振りで示唆しさして見せる。ところが烏兎うとを窺えば、ぼんやりと気の抜けた顔つき。


 分かり易く説明したつもりが、余計に混迷こんめいな状態に陥ってしまう。これにより、白狐びゃっこはいま一度内容を噛み砕いて解き示す。


「こん。たしかに那岐なぎさまはね、人智を超えた素晴らしい神気しんきの持ち主。苦痛なく一瞬で滅する姿は、見ている者を魅了さえして見せた。まさに最強という言葉が相応しく、格の違いは一目瞭然。だけどね、そんな圧倒する力があっても、唯一扱えない言魂ことだまがあったのよ」

「ひょっとして……それが、寂滅為楽じゃくめついらく?」


「こん。そうよ、温もりのある心と静かなる優しき心。この刻まれた二つの想いがなければ、決して扱うことが出来ない言魂ことだま。それが烏兎うとのいう浄化の力。その神気しんきはね、魄霊はくれい達を安らぎへと導くもの」

「やす……らぎ? だけど僕には浄化されていく時の気持ちなんて分からない。だから実際は、本当に苦痛を感じているんじゃないの」


 先ほど神気しんきの流れについて聞かされた烏兎うと白狐びゃっこから優しい言葉をかけられるも、なぜか素直には喜べなかった。


「こん。その事だったら、何も心配いらないわ」

「心配いらない? なぜそう思うの」


「こん。だってね、私はこれまでに幾つもの魂を解放したのよ。と言っても、残念だけど浄化はしてあげれない。でもね、ゆっくり天へと帰る姿は、まるでお礼を言っているようだった。だから安心して、切実な想いは必ず通じているはず。烏兎うとが救った魄霊はくれいは、きっと……きっと何処どこかで感謝してるに違いない」


 遠くの空を眺めながら、真剣な眼差しで熱く語る白狐びゃっこ。双方の掌を広げ、必死に想いを伝えようとした。そんな穢れなき純粋無垢な姿に、烏兎うとは心打たれたのだろう。不安そうな面持ちは、やがて穏やかな風采ふうさいへと姿を変えてゆく…………。

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