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第17話 古文書に隠された秘密

 烏兎うとと姉妹達が話をしている中、それに伴い周辺一帯の景色も同じように状況を変える。時は緩やかに流れゆき、空は徐々に光が陰り始めた黄昏時たそがれどき。夕陽で照らされた琵琶湖は美しく、黄金色こがねいろに色づく水面みなもは砂丘にできた風紋ふうもんのよう。


 こうした情景は、見ている者の心を落ち着かせ、不思議と穏やかな気持ちにさせた。なかでも、白鬚神社しらひげじんじゃに建つ鳥居、湖面に浮かび建つ大鳥居。この一対いっついに似た建造物は、拝殿前から窺えば二重につらなる神域の門。


 偶然にも陽の輝きがかさなろうものなら、光明こうみょうが差す優美なおもむきは何とも幻想的な雰囲気。それはまるで、何処どこかを指し示した異国の入口にも思える。からといって、この風情ある事柄が必ずしも関係しているとは限らない。


 しかしながら、過去には豊臣秀吉の遺命によって、本殿が建立こんりゅうされるほどの重要視された神聖な領域。神社のご利益ごりやくも道開きの神様というからには、もしかしたら何らかの所縁ゆかりがあるのかも知れない。


 ゆえに湖面を眺める白狐びゃっこは、懐かしそうな面持ちを浮かべながら微笑んだ。それはあたかも大鳥居を抜け、こちらの世界へやって来たかの如く振る舞い。そこから醸し出す佇まいは、何とも奇妙な光景として映る。 


 いずれにしても、心を許した間柄であるならば少なからず情報は共有しているはず。ところが、烏兎うとの態度は首をかしげた怪訝けげんな顔つき。その素振りから判断すると、どうやら詳しい説明は受けていない様子。


 だとしたら、たわいもないと感じた為に姉妹が伝えるのを忘れていた。こう考えられるも、白狐びゃっこはどんな些細なことでも話し合う几帳面な性格。日頃の行動から窺えば、万に一つも物忘れをするなどありえない。


 たしかに、この近代文明の時代には異国の世界などあるはずもないだろう。けれども、一概に根拠を欠いた迷信とは言い切れない。なぜなら、神社に伝わる古文書には不可解なことが記されていたからだ。そこに書かれていたものは、耳を疑う信じられない事実。


『世にわざわいが生じる時、光をまといし導き者、神域の門より現れる』


 これは文書の一文に過ぎず、内容を読み解くには古文書を確認する必要がある。その文献史料は境内けいだいの書物庫に収められており、宮司にお願いすれば拝見することは可能。というよりも伝承により語られた事柄は、近隣の住人達なら誰もが知っていたという。


 ともあれ、姉妹達の所作しょさには何かしらの違和感を覚える烏兎うと釈然しゃくぜんとはしないものの、本人から話さないのであれば仕方がない。そんな状況の中、白狐びゃっこはゆっくりと話の続きを語りだす……。



「こん。先ほど烏兎うとは、那岐なぎさまのことを神に選ばれた。そう言っていたわね」

「う、うん」


「こん。でもね、本当はそうじゃなくて、神に近い存在。この方がね、正しい言葉といえるかも知れない」

「神に……近い?」


「こん。そうよ、神のような幾つもの神気しんきを操る偉大なお方。その不思議な力で、心に巣食う邪霊を圧倒していたのよ」

「幾つも操っていた? もしかして……その神気しんきって、僕と同じ力じゃないの」


「こん。いいえ、全くといっていいほど違うわ」

「違う?」


「こん。分かり易く言うとね、那岐なぎさまから溢れ出る氣は、緩やかに流れだす自然な力。一方、烏兎うとから漏れ出ている気は、強引に行使する押さえつけた力。だから二人の神気しんきは似ていても、能力は完全に別物なのよ」


 瑞獣ずいじゅうとは、あるじから神気しんきの力を分け与えられ生きている。そのため、気の流れを感じるだけではなく、実際に自らの目で見抜くことが出来ると話す。


「なるほど……まさか僕の神気しんきが押さえつける力だったなんてね。じゃあ、今まで魄霊はくれい達は苦しみながら浄化されてた。そういう事だよね?」


 苦しみのない世界へ導いていたと思っていたものが、じつはそうでは無かった。そんな現状を突き付けられた烏兎うとは、哀しみを浮かべた表情で双方の掌を見つめた。それは能力の差にではなく、魄霊はくれいを想うがゆえのなげきであった…………。

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