辛く哀しそうな表情で、過去を想い馳せる姉の白狐。この心情に寄り添う妹の黒狐は、そっと手を取り声をかけようとした。
「ごん。姉さま、それ以上は辛いだろう。だから、あとは私が説明するぞ」
「こん。ありがとう黒狐。じゃあ、話の続きはお願いしようかしら」
「ごん。姉さま、了解だ。――じゃあ烏兎、私が代わりに話すからよく聞いておけ」
「う、うん」
白狐にとって、那岐とは思い出深い人物。となれば、過去を話すには酷であると判断したのだろう。黒狐は事の経緯を姉に代わり烏兎へ伝えようとする。
「ごん。那岐さまはな、簡単にいえば父親のような存在だ。といっても、私達のような瑞獣ではないぞ」
「瑞獣ではない? 恩師と言っていたぐらいだから、君達の長かと思ったけど。となれば……人間ってことかな?」
「ごん。残念だが、人間ではない。しかし、人ではあるのだ」
「人間ではないが、人ではある? 何だか謎解きゲームをしてる気分だけど、つまり……人を超えた神に選ばれし存在ってこと?」
「ごん。人を超えた? やはり、人間を超えることは可能なのか?」
「いや、それは……いま僕が聞いているんだけど」
当初の状況からだと、事情を説明していたのは黒狐。ところが、いまでは質問者の立場が入れ替わる。そんなおかしな雰囲気に、烏兎は苦笑いしながらそっと呟いた。
「ごん。烏兎でも知らないのか。まあいい、それよりも神とは何だ? あれこれ難しいことを言うから、分からなくなってきたではないか」
「えっ、もしかして、九尾の狐なのに神様のことも知らないの?」
威勢よく姉と交代した黒狐ではあるも、聞きなれない言葉に頭を抱え困惑する。この様子に烏兎は呆れた顔つきで佇むと、これを見かねた白狐が声をかける。
「こん。そうよ、さすがは烏兎。大体のことは合っているわ」
「やっぱり、そうだったんだ。だから君達に、色々な知識や術を教えることが出来たんだね」
「ごん。姉さま、すまない。やはり難しい話は、私じゃ無理だ」
「こん。黒狐は気にしなくてもいいのよ。あとは私が話をするわ」
「ごん。でも大丈夫なのか?」
「こん。少し動揺はするけどね、心配はいらないわ。それに、今の私には寄り添ってくれる烏兎もいる。だから……もう過去は振り返らない」
幾年もの月日を不安や哀しみといった感情に支配されていた白狐。
それぞれに抱く心情は様々であり、烏兎や黒狐の考え方も一つではない。けれども、変わらない同じ気持ちが一つだけある。それは、お互いを信じた思いやりの心。
この固い絆があれば、どんな困難にも立ち向かって行けるに違いない。白狐の言葉からは、そんな希望に満ち溢れた想いを察することが出来た…………。