第15話 閉ざされた心
共に過ごした経年の想いを語る白狐。いまの自分があるのは、様々な知識や術を教えてくれた恩師のおかげ。もしも出会っていなければ、野垂れ死にしていたかも知れない。そんな希望のない未来に光を照らし、姉妹を温かく迎えたのが那岐という人物。
いつまでも心の中で生き続け、与えられた恩義は生涯忘れることはないだろう。このように、白狐は当時の出来事を烏兎へ話し、そっと頬を緩ませながら笑みを浮かべた。
「こん。それにしても不思議なものね。あれほど思い悩んでいたのに、今では落ち着いて話すことが出来ている。こんな心境になれたのは、傍で支えてくれた烏兎のおかげね」
「ごん。いいえ、姉さま。あれ以来、ずっと泣いていたのを慰めていたのは私。感謝するなら烏兎じゃなくて、私のことを褒めて欲しいぞ」
ありふれた日常の中で見つけた細やかな楽しみ。思いがけない烏兎との出逢いは、閉ざし掛けた白狐の心を優しく包み解放したという。長年の間、こうした姉を陰で支えてきた妹。胸に秘めていた心情を伝えると、それとなく自らのことをアピールして見せた。
「こん。ふふっ、そうね。だけど催促しなくても、いつも黒狐には感謝しているのよ」
「ごん。本当か? なら良かったぞ」
日頃の想いを優しく伝える白狐。この言葉を受けた黒狐は、納得した面持ちで何度も頷く。もしかしたら、褒められたのが嬉しかったのではなく、本来の姿へ戻ってくれたことが幸せに感じたのかも知れない。
「こん。いずれにしても、黒狐には色々と迷惑をかけたようね。今まで本当にありがとう」
「ごん。気にしなくてもいいぞ。最近の姉さまは嬉しそうだったからな、私もこれで少しは落ち着くことができる」
ようやく責任から解放されたのだろう。ほっと胸をなでおろす黒狐の素振りからは、そんな安心した様子が窺えた。
すると――。
これを聞いていた烏兎は、伝えられたことを思い返す。そして疑問に感じた事柄を、不思議そうに姉妹へ投げかけてみる。
「えっと……話の内容からだと、よく分からない事が多いんだけど? まさか君達の恩師って、あれじゃないよね」
事情は何となく理解しているも、姉妹のやり取りだと状況は明確でない。そのため、間違っていた場合を考慮して、烏兎は明言せず言葉を濁して話す。
「こん。そう……烏兎が想像してる通りのことよ。もう、この世に那岐さまは存在しない。私がどんなに求めようとも、亡くなった人は二度と帰ってはこない」
先ほどまで、穏やかな雰囲気に包まれていた白狐。ところが、烏兎の言葉に耳を傾けた瞬間――。表情は一変して険しく、周りの空気は重く張りつめた…………。