瑞獣とは、人の世を陰ながら見守る高貴な存在。契りを交わした者にのみ仕える眷属といってもいいだろう。この主と生涯を共に過ごし、手足となって御守りするのが役目。人間と相まみえることはなく、言葉を交わすのは珍しい。
そして最も驚くべきは、白狐と黒狐の主が手懐けている個体数。本来ならば、扱える瑞獣は一体のみ。なぜなら、使役するには高い霊力が必要とされ、これを従者に分け与えながら邪霊を滅するからだ。
要するに、卓越した熟練者でも許容量らしきものがある。従って、それ以上の瑞獣を保有すれば、霊力が枯渇して命の危険に晒されるという。これらの状況からいえるのは、姉妹の主人が優れた存在であること。
であるならば、能力次第では幾体もの使役が可能と思われるだろう。けれども、じつのところは、霊圧で制御できるのが一体までといった方が適切な言葉かも知れない。過酷な修練をおこなえば、人であろうと霊力を得ることはできる。
しかしながら、ここまでが普通の人間に備わる限界の領域。霊力以上の蹂躙する力がなければ、幾体もの眷属を保有することは不可能。すなわち、これを凌駕する力こそが神気と呼ばれた不思議な加護。
だからといって、この力で強制的に従わせるのは難しい。というのも、瑞獣達の意思によって契りを交わさなければ、複数を扱うことが出来ないからだ。それは主従関係というよりも、心の繋がりによって結ばれた絆。
主人が眷属を選ぶのではなく、従う者が主を選び忠誠を誓う。
このように、一度血の契約を交わしたならば、双方どちらからも破棄することは困難。もし血盟を破ろうものなら、霊力が途絶え消滅してしまう。それほど、契りを結ぶ行為は重要な儀式とされた。
ゆえに、こうした事情があるのを知って欲しくて、姉妹は包み隠さず切なる想いを烏兎に話す。そして事実を話し終えた白狐は、そっと俯き残念そうな面持ちで佇んだ…………。
「という事は……二重の契約は結べず、いつも傍にいることは出来ない。そういう意味だよね」
「こん。そうよ、私達は神気の加護を分け与えられている。つまり、主から離れた場所では生きていけないの」
「ごん。そうだぞ、烏兎。私に会いたければ、ここへ来い。お前なら歓迎してやる」
「なるほど……そういう事情があったなんてね」
姉妹から初めて明かされた真実。この事柄に烏兎は理解を得るも、表情はどこか寂し気な様子。
「こん。本当にごめんなさい。烏兎からは沢山の想いを貰ったのに、何もお返しが出来ていないわ」
「ごん。烏兎、変な顔をするな。結界の張ってある神社なら、毎日会うことは可能だ。だから喜ぶといい」
喪失感を漂わせた烏兎の雰囲気を察する姉妹。白狐は申し訳なさそうに謝意を示し、黒狐は明るく励ましの言葉をかける。
「二人共、ありがとう。僕にはその気持ちだけで十分。決して君達を従えようとは思っていないよ。友達としてね、一緒にいれたらいいな。そう感じただけ、だから気にしないで」
「こん。その言葉、とても心を救われるわ。胸の内へと伝わる温かい想い、まるで癒やしの言魂みたいね。だからなのかな、寄り添っていると穏やな気持ちでいられる。そんな私達の間柄は短いかも知れない、だけどようやく理解する事ができた。あの時、那岐さまが最後に残してくれた言葉。これが思いやりの心、真の優しさなのでしょうね」
「那岐?」
白狐が口にする那岐と呼ぶ存在。
それは一連の流れで分かる通り、現在仕えている主ではないように思える。とはいうものの、物言いから窺えた様子は親しき間柄。
だとしたら、話の中に出て来た人物は誰のことを言っているのであろう。このように状況がよく理解出来ない烏兎は、首を傾げながら呟いた。
「こん。そうよ、その人はね、幼き頃に彷徨っていた私達を拾いあげ、力や術を授けて下さった偉大なお方。そればかりか、心の本質まで教えてくれた恩師のような存在。だから烏兎を見ていると、あの楽しかった頃を思い出すわ。だってね、性格や容姿がそっくりなんですもの。初めて声をかけられた時も、那岐さまかと思ったぐらいよ」
過去を想い馳せながら嬉しそうに話し続ける白狐。その表情は、今までに見せたことがないような穏やかな様子。記憶に残る恩師との思い出は、よほど心地良いひと時だったに違いない…………。