幾年もの間、人々の暮らしを見守り平和な世の中を願ってきた姉妹。そんな二人は邪霊を滅する瑞獣であったため、魄霊達にはひどく忌み嫌われ恐れられていた。ゆえに、白狐や黒狐には友と呼べるような存在などおらず、いたのは契りを交わした主のみ。
寂しいと思う感情はなかったらしいが、邪霊を滅し続ければ心折れそうになる日もあるだろう。けれど、人々を守るのが瑞獣達の運命。姉妹には休むこと許されず、息つく暇もないほど使命に勤しんだという。
このように、心など持たず機械の如く討伐に明け暮れる日々。容赦なく魂を滅する光景は、まるで心をなくした鬼のよう。既に二人の精神は、限界に達していたのかも知れない。
――そんな時だった。
ふらりと神社へ立ち寄る一人の青年。白狐と黒狐を見るや否や、突然にも声をかけ近づいてきた。当然ではあるも、人間は魄霊や瑞獣を認知することはできない。とはいいながらも、駆け寄ってきたというのだから、二人の姿が見えていたに違いない。
何とも驚いた状況に、姉妹は唖然とした様子で言葉を失った。すると――、青年は囁くように二人へ寄り添い、そっと身体を包み込む。そこから伝わる様々な想いは、今までに感じたことがない心情。
発せられた言魂は心に響く優しさ。
触れ合う掌からは光のような温もり。
ほんのりと浮かべる微笑みは慈しみのある表情。
初めて胸に感じる不思議な情緒は、いつしか白狐と黒狐の瞳を滲ませた。こうして次第に溢れだす涙。ゆっくりと頬を伝いこぼれ落ちる雫は、いつまでも……いつまでも絶え間なく流れ続けた。
そんな二人から窺えたのは、安らぎに満ちた穏やかな顔つき。さながらその光景は、天へと帰る魂の輪廻。瑞獣は魄霊のように浄化はしてやれないが、不安を取り除き癒すことなら出来る。
姉妹を見つめる青年は、場の雰囲気からそう思ったのだろう。再び双方の掌で柔らかく包み込むと、傍でずっと抱きしめたという…………。
「こん。烏兎、本当にありがとう。あの時、手を差し伸べてくれたこと。今でも感謝してるわ」
「ごん。烏兎、そうだぞ。お前がいなかったら、私は鬼になっていた。だから一応、礼を言っておこう」
過去を想い馳せる白狐は、烏兎と出会う前の内に秘めた記憶を話す。それは自我を失いかけた切なくも悲しい事柄。思い出すには、心身への影響もあったはず。
けれども、友と呼べる存在にだけは全てを聞いて欲しい。そんな素振りを見せる姉は、頭を下げながら想いを言葉に込めた。
「僕のほうこそ、君達には感謝してるんだよ。何でも話せる友達って、中々いないからね」
「こん。烏兎、そう言ってもらえて、すごく嬉しい」
「ごん。烏兎、そんなにも友達が欲しかったのか? じゃあ、もっと感謝しろ」
丁寧な様子で御礼を伝える白狐。これに対して、黒狐は澄ました顔つきで謝意を求めた。
「そうだね、黒狐のいう通りかも知れない。君達と言葉を交わしていなければ、今でも僕は一人だったかもね。だから偶然のような出会いに、心からありがとうって言いたい」
「こん。烏兎、もう大丈夫よ。これからは私達がいる、だから何でも相談してくれていいのよ」
「ごん。そんなに寂しいなら、私が慰めてやってもいいぞ」
「うん。心配してくれて、本当にありがとう。でもね、気にしなくても大丈夫。いまの僕には君達がいるからね。それだけで十分に癒されているよ」
同じように姉妹との出会いを追想する烏兎。様々な出来事を思い巡らせ、二人を見つめながら頬を緩ませた。
「それにしても、いま思えば懐かしいね。君達を初めて見た時は、二度見したぐらい凄く驚いたんだよ。だってね、猫のような耳はあるし、犬のような尻尾だってあったからね。コスプレでもしてるのかと思ったよ」
動物の衣装を身に纏い、境内の中を歩き回る姉妹。烏兎はおかしな二人を見かけた時、近くで何かのイベントがあったのかと思っていた。しかし、いつまで経っても拝殿前から去らない姉妹。
明らかに神社へ立ち寄るには風変わりな格好。であるならば、他の参拝客はどう感じているのだろう。周辺を見渡し窺ってみると、どうやら人々に姉妹は見えていない様子。
狐の類には見えるが、人型の動物霊を見たのは初めてのこと。もしかして、魄霊のような狐霊? 烏兎は勝手に想像した名前を付け、しばらく傍観しながら眺めていた。とはいうものの、このままにしておいては不味い。
このように判断した烏兎は、すぐさま二人の元へ駆け寄り声をかけたという。こうした当時のことを懐かしく語りながら、白狐と黒狐に心の想いを伝えるのであった…………。