周りから気味悪がられていた烏兎には、友達と呼べるような人物はいなかった。とはいうものの、傍で見守ってくれる存在はいた。それが幼なじみの望。けれど魄霊のことを話せば、いつもどこか上の空。
もしかしたら、望は五感で判断できる物事しか信じていなかったに違いない。このような理由もあり、烏兎は悩みを二人だけに相談していたのだろう。姉妹達へ寄り添う姿からは、そんな気を許した雰囲気が窺えた。
「それにしても、君達が魄霊のような存在だったなんてね。いまでも信じられないよ」
「ごん。烏兎、私は魄霊ではなく珍獣。魂の存在ではない」
「こん。違うわよ、黒狐。それを言うなら瑞獣でしょ。私達は珍しい動物ではないのよ」
物知りを装い得意げに語る黒狐ではあるも、珍獣とは姿や生態が風変わりだということ。またしても、言葉の意味合いを履き違え、姉の白狐に指摘される。
「あはは、珍獣と瑞獣……たしかに似てるよね」
黒狐の言葉がよほど面白かったのだろう。静思した素振りを見せる烏兎は、頬を緩めながら笑みを浮かべた。
「こん。烏兎、似てなんかないわ。私達は四大瑞獣と同格の力を有する者なのよ」
「ごん。烏兎、やっぱり似てるのか?」
白狐は状況を分かり易く説明したはず。にもかかわらず、あまり内容を理解していない黒狐。何度も首をかしげては、不思議そうに烏兎を覗き込む。
「えっと、その話しは僕も詳しくないからね。あとでお姉さんに色々と聞いてみた方がいいよ。それよりも、白狐が言っていた四大瑞獣というのは、もしかして四霊のこと?」
先ほど似ていると伝えたのは、意味合いではなく言葉の響きかた。これを黒狐へ説明するとなれば、思った以上に骨が折れるかも知れない。こう考えた烏兎は、妹の心情を姉へと向けながら話題をすり変えた。
その問いかけた事柄こそ、瑞獣を代表する四霊。応竜、鳳凰、麒麟、霊亀といった存在。つまり、これに匹敵するのが二人の姉妹という事になる。
「こん。烏兎、正解よ。四大瑞獣と四霊は同じ意味合いだからね」
「ごん。烏兎、驚いただろう。私は偉いのだ、もっと崇めろ」
たしかに、黒狐もすごいのかも知れない。とはいえ、優れた知性も兼ね備えていたのは白狐のほう。稀有な才能を秘めていたのは誰が見ても分かりきったこと。からといって、妹の喜ぶ姿を無下にもできず、烏兎は優し気な顔つきで声をかける。
「すごいじゃん黒狐、少しは見直したよ。――という事は、二人の総称はやっぱり九尾の狐?」
「こん。烏兎、またしても正解。そう、私達は瑞獣の一つである九尾の狐よ」
「ごん。お前は何でも知っててすごいな。もしかして心が読めるのか? もしくは瑞獣以上の存在か?」
先程まで人の顔を覗き込み、嬉しそうに燥いでいた黒狐。烏兎が博識高い人物だと思ったのだろう。妹は一歩引いて佇むと、驚きの表情で声を発した。
「いや、僕には心を読むなんてことは出来ない。それにね、君達のように高貴な瑞獣でもない。どこにでもいる普通の人間と変わらないよ。だから、空も飛べないし魔法だって使えない。唯一扱えるのは、神気といった不思議な力だけ……」
黒狐は尊敬の眼差しで見つめるも、烏兎は寂しげな面持ちでゆっくりと話す。それもそのはず、神気は見えざるものが感知できる能力。これにより、幼き頃は嘘つき野郎と罵られイジメの対象になっていた。そんな過去もあり、力については余りいい思い出がない。
「こん。烏兎、哀しまないで。神気は魔法よりも素敵な力。全てが扱えるのは素晴らしいこと」
「ごん。烏兎、そうだぞ。浄化は誰も出来ない、だから喜んで誇るといい」
「そうだね。君達に励まされると、なんだか元気が湧いてくるよ。本当にいつもありがとう」
「こん。烏兎、お礼なんて要らないわ。色々と聞いて貰って、勇気づけられているのは私のほうよ」
「ごん。烏兎、嬉しいのか? なら褒め称えろ。そうすれば、もっと元気づけてやるぞ」
瑞獣と人間。本来ならば、お互いの意思を理解することはないだろう。それが心を通い合わせているのだから、信頼という深い絆で結ばれているに違いない。
姉の白狐から発せられた言葉には、少なからず烏兎を慕う想いが窺えた…………。