こうして心の想いを祭神へ伝えた烏兎は、物思いに過去を振り返りながら感慨に浸る。ゆえに、表情はどことなく寂しげで切なそうな佇まい。願い事を祈り終えた後も、すぐには立ち去ろうとしなかった。
けれども、窺えたのは傷心した姿ではなく誰かを待っている様子。拝殿前の石段へそっと腰を掛け、しばらく対面の大鳥居を眺めていた。
すると――。どこからともなく可愛らしい姉妹が現れ、烏兎へゆっくりと近づきやって来る。
風貌から推測できる事は、二人の年齢は中学生の高学年。つまり、十五歳ぐらいには見えるが、それ以上ではないということ。こんな夕暮れ時に、どうして神社へ立ち寄っているのだろう。もしも参拝客がいれば、そんな風に感じたのかも知れない。
ところが、烏兎は不思議に思うことなく平然とした面持ち。少し離れた姉妹に手を上げ、挨拶のような素振りを見せた。という事は、お互いが知り合いなのだと理解はできる。
とはいえ、こんな時間に幼子と待ち合わせなど不謹慎。烏兎に配慮がないように思われるも、何か深い事情がありそうだ。そうした中、徐々に距離を縮めながら歩み寄る二人。やがて目の前まで来ると、足を止め声を掛けてきた。
「こん。烏兎、どうしたの?」
「ごん。烏兎、悲しいのか?」
淡々とした口調と表情で、突然にも呼びかける二人。その風采は、お互いが黒と白の衣装を纏う姿。凛々しくも妖艶な雰囲気を醸し出す。そんな寄り添う姉妹から魅せられた光景。勾玉のように重なり合う状況は、まるで太極図のようである。
「やっぱり、分かる? じつは、ちょっと学校で色々あってね。それよりも、今まで何処へ行ってたの?」
顔を覗き込み、気遣う素振りを見せる姉妹。その言葉は聞き取りづらく、片言で話す光景は異国人のよう。からといって、烏兎は気にする感じでもなく、普段通りの対応で問いかけた。
「こん。じつはね、大和さまに任務をお願いされていたのよ」
「ごん。そうだぞ、爺は人使いが荒いんだ」
何の任務を頼まれたのかは分からないが、姉妹は疲れた様子で顔をしかめる。
「大和……? ってのは、誰か分からないけど。人使いはね、人間に対しての言葉。だから、黒狐がいうなら獣使いが妥当かな」
言葉の意味から分かるように、二人の姉妹は人間ではない。確かなことは言えないが、おそらく人に化けた獣の狐霊。烏兎はこのように推定して、内容を分かり易く言い聞かせる。
『こん』と高い声を発する方が、白の衣装を纏う姉の白狐。『ごん』と低く濁す言葉の方は、黒の衣装に身を包む妹の黒狐。烏兎が心を許している唯一の友達。いつも神社に立ち寄っていたのは、このような理由からである。
「こん。烏兎、その言い方は酷いわ」
「ごん。烏兎、私は獣だったのか?」
姉の白狐ほど、言葉を理解してはいない黒狐。からといって、全く認識していない訳ではない。烏兎の雰囲気や声の抑揚によって、なんとなく状況は分かるもの。これにより、妹は哀しそうな顔つきで、自分が下等生物なのかと問いかける。
「いや、今のは冗談で言ったつもりだったんだけど。その……ごめんね、さっきの言葉は訂正するよ。君達は僕にとって、かけがえのない人間以上の存在だよ」
先ほどの言葉を深く反省する烏兎は、姉妹に頭を下げ本当の意味を話す。
「こん。烏兎、それってつまり……」
「ごん。烏兎、人間よりも進化した生き物がいるのか?」
さすがは白狐といったところだろう。最後まで言わなくとも、烏兎の言葉を理解しているように思える。これに反して、やはり黒狐は意味を履き違えているようだ。
「黒狐、そういう事じゃなくてね。白狐は分かってると思うけど、君たちは人間よりも清らかな心を持った存在。僕のことを受け入れてくれた大切な友達だよ」
烏兎は姉妹へ寄り添い手を取り合うと、笑みを浮かべながら心情を語る。
「こん。烏兎からそう言ってもらえるとすごく嬉しいわ」
「ごん。烏兎、それなら私でも分かるぞ。友達は家族ということだろ」
「あはは……黒狐の意味合いはね、ちょっと違うかな。でも、僕は君達のことを家族のように思ってるよ。だからね、これからもずっと傍にいて欲しい」
黒狐の言葉に首をかしげ苦笑いを浮かべる烏兎。内容のすれ違いはあれど、少なからず気持ちは通じていたに違いない。たとえそれが人ならざる者であろうとも、お互いを信じ合う心さえあれば分かり合えるもの。
深く結ばれた絆は、いつしか信頼へと変わりゆく。そして、彼女達こそ心の拠り所だと、烏兎は内に秘めた心の想いを伝えるのであった…………。