第10話 どんな未来だって切り開く
白鬚神社に伝わる御利益。歴史ある総本社というだけあって、さぞかし祈願も大変なものなのであろう。このように思われたが、その御利生方法はいたって簡単。
掌を合わせ念じれば、どんな未来だって切り開くというもの。まさに、時を駆け抜けるようなお導きである。そして、ここの神社が人気なのはこれだけじゃない。むしろ、こちらの方が本命ではないかと思わせる。
それは見る者の心を魅了するほどの大鳥居。琵琶湖の水面に浮かぶ様子は、言葉では表し尽くせないような情趣溢れる神秘的な絶景。そんな一度に二度楽しめる事柄に、各地からは一目見るため沢山の人が訪れた……。
「……ていうか、五円玉ってあったかなぁ?」
財布を取り出し賽銭に使うお金を探す烏兎。ところが、今日に限って目的の硬貨は見つからず、あるのは銀色に光り輝く五十円玉。
「五十円かぁ……まあ、別にいいよね」
願いは気持ちがこもっていれば十分。烏兎はこう感じたのだろう。一人うなずく表情からは、そんな雰囲気を醸し出す。
「よし! じゃあ、頼んだよ」
烏兎は心の想いを乗せて、そっと賽銭箱へ硬貨を投げ入れる。その姿は、稽古の時ですら見せたことがないような真剣な眼差し。双方の掌で拝殿前の紐を握りしめると、緩やかに鈴音を鳴り響かせた。
チリン…………。チリン…………。
まるでその音色は、心の想いを呼び覚ますかのような優しき響き。そこから共に感じるものは、鈴緒から伝わる感覚。左に……右に……ゆるりと揺られながら、柔らかな風がそっと頬を撫でてゆく……。
「神様、どうかお願いです。もう付き合いたいだなんて贅沢なことは言いません。ですから、せめて望ちゃんと仲直りだけでも出来ないでしょうか。それと……これから話すことは失礼に当たるかも知れませんが、少しだけ僕の声に耳を傾けては貰えませんか」
烏兎にとって、望は初めて出来た友達以上の存在。求めるものは一つの想い。それは以前のように何でも話せる親しい間柄。このように強く願う気持ちは、単に好きだからという訳ではない。したがって、事情がなんであるのかを祭神に向けてゆっくりと語りだす。
「今でこそ不自由なく暮らしていますが、僕にはこの街へ来るまでの記憶がありません。ですから最初の頃は誰とも打ち解けれず、寂しくてとても辛かった……。そして、これに追い打ちをかけるような不思議な力。周りからは気持ち悪がられ、疎ましく忌み嫌われてきた」
切なげな表情を浮かべ、自らの生い立ちを話し出す烏兎。学校の同級生からはイジメを受け、クラスではいつも仲間外れにされていた。そんな過去の情景に、声や絡め合う指先は少しばかり震える。
「でも今の僕は一人ではなく、友達のような存在もできました。といっても、あの子達は人ならざるものであり、共に過ごすなんてことは出来ません。そんな中でも、いつも寄り添ってくれていたのは望ちゃんただ一人。どうしても仲違いなんてしたくはないんです。だから、もし聞こえているのであれば、どうかこの願いを届け入れて下さい」
掌を合わせ深々と頭を下げる烏兎。いつの日か願いが叶うと信じて、心の声を遠くの空へと響かせた…………。