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第5話 すれ違う心の想い

 こうして恥じらいながら、しばらく向かい合う二人。何を話せばいいのかと、緊張した面持ち。お互いよそよそしく、なにやら落ち着かない様子。


 とはいっても、次の行動に移さなければ何も始まらない。このような理由から、烏兎うとは必死に胸の高鳴りを抑え核心に迫る。


「じゃ、じゃあ……。今日の誕生日は、僕と一緒にいてくれるってこと?」


 この展開から察するに、間違いなく春の到来に違いない。とはいっても、何が起こるかは分からず、最後までは気が抜けない状況。これにより、烏兎うとは気持ちを確かめるため、のぞみの意見を緊張した面持ちで窺う。


「その前にね、一つだけお願いがあるの」


 烏兎うとの想いを受け取る前に、のぞみは真剣な眼差しで大切な話をしようとする。


「お願い?」

「うん。烏兎うとくんってね、時々変なことを言うじゃない。私だけならいいけど、周りの友達にはどうかと思うの」


「変なこと……? っていったら、あのことだよね」

「そう。だからね、そんなことを言わなくても烏兎うとくんは十分魅力的。さっきも私の友達が怖がってたよ。――ね、ありもしない事を言って気を惹くのは、もうやめようよ」


「ありもしない? いや、僕は本当のことを言ってるだけ。いまもね、ピンクの首輪した黒猫がのぞみちゃんの傍にいるよ」

「ピンクの首輪? ――もしかして、くぅーちゃんのことを言ってるの?」


「くぅーちゃん? ……かどうかは分からないけど、ずっと足元で嬉しそうにしてる」

「そっ、そんなはずないわ! くぅーちゃんは一週間前に亡くなったのよ」


「でも、現にそこで鳴いてるんだけど」

「どうしてそんな事をいうのよ! そこまでして私の気を惹きたいわけ」


「いや、そんなつもりじゃなくて、僕はただ……」

「もういいわ! 烏兎うとくんと話すことなんて何もない」


「――待ってよ、のぞみちゃん。なんで今頃になってそんな事をいうの。いつも僕が話すことは、信じてくれてたじゃん」

「それは記憶のない烏兎うとくんが、気の毒に思ったからよ」


 烏兎うとには幼い頃の記憶が全くない。こうした経緯に至った理由。祖母からは、両親を事故で亡くした影響。その一部始終を目撃したことにより、思い出が欠落したんじゃないかと聞かされていた。


 これにより、もと居た場所では気持ちの負担も大きかろう。もし記憶想起したならば、心が壊れてしまうんじゃないか。そう感じた祖母は、を頼ってこの街に移り住んだという。


「気の毒……かぁ」


 よほど伝えられた言葉がショックだったのだろう。烏兎うとは、切なき表情を浮かべながらオウム返しのように呟いた。この言い方がのぞみは悪いとでも感じたのか、一呼吸ついて冷静に話しかける。


「少し言い過ぎたかも知れないけど。辛いのは烏兎うとくんだけじゃないの。私だってね、くぅーちゃんを失って悲しい。どうやって調べたのかは知らないけど、そこに付け込むのはどうかと思うよ」


「でもね、聞いて。黒猫はそんなのぞみちゃんにずっと寄り添ってる。その想いに応えてあげなきゃ可哀想じゃん」

「私の言ってる意味がまだ分からないの? 人の心を弄ぶのはやめてっていってるの!」


「弄ぶだなんて、のぞみちゃんなら分かってくれると思ったから……」

「分かる? もういいわ、これ以上話してもらちが明かない。当分の間は顔も見たくないから、話し掛けないでよね!」


 必死に伝えた烏兎うとの想いも虚しく、のぞみは足早に校舎裏から立ち去ろうとした。その表情は怒りではなく、哀しみを帯びた姿。瞳からは溢れ出る涙が零れ落ち、流れゆく風と共に消えてゆく。


 こうして一人残された烏兎うとの心には、春の訪れではなく冬の到来がやって来た…………。

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