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第3話 琵琶湖に浮かぶ大鳥居

 自宅から高校までは、片道10キロ以上もの距離がある。そのため、徒歩では困難な理由からか、自転車でのんびりと通学していた。ところが、今日はなにか目的があるようだ。烏兎うとは手紙のようなものを握りしめ、足早に家を後にする……。


 といっても、気ままな烏兎うとのこと。周辺の景色を眺めながら登校するのが決まった日課。いつものように、琵琶湖の湖畔をゆっくりと走らせる。こうして漕ぐこと数分。やがて見えてきたものは、馴染み深い白鬚しらひげ神社。


 一見すると、どこにでもある神社と大差ない。ところが、対面に見える湖面を窺おうものなら、壮観な情景に心奪われる。それは神秘的な結界のようなもの。趣ある琵琶湖に浮かぶは、朱塗りの大鳥居。なんの目的で建てられたのかは定かではないものの、延命長寿の神様として広く崇敬されていた。


 それは不老を願う一族の手によって、過去に築き上げられた建造物。このような言い伝えは、地元住民だけが知る噂話。この現代において、オカルト的なことなどあり得るはずもない。仮にあったとしても、単なる風聞ふうぶんといえる。


 とはいえ、今日は早めに出発したせいもあり、周囲には霧が立ち込めた光景。ひっそりと湖面に佇む鳥居へは朝靄あさもやが覆う。まるでその光景は、天上に浮かび立つ神域への入口。幻想的な雰囲気に、思わず声を上げる烏兎うと


「わあー、すごい! なんだか雲の上を走ってるよう」


 その見事な光景に、烏兎うとは足を止め言葉を失う。――が、それも束の間。なにかを思い出し、再び自転車を漕ぎだした。


「いけない、いけない。こうしてる場合じゃなかった。けど、いいものを見ちゃったな」


 早起きは三文の徳。少しばかりの幸運ではあるも、幸先いい状況に烏兎うとは笑みを浮かべる。こうして、浮かれながら神社の前を通り過ぎようとした瞬間――!!


 チリン――。チリン――。


「ん?」


 突然にも鳴り伝わる響き。それは拝殿の天井から吊り下げられた鈴緒の音。しかし、周囲には風すら吹いてない状態。烏兎うとは不思議に思い鈴緒を見つめるも、ひと振りも揺れてはいなかった。


「――ったく。もしかして、また君達なの?」


 烏兎うとは拝殿に視線をやりながら呟くが、付近には何もおらず気配のようなものも感じられない。 


「あれ……おかしいな? あいつらだと思ったんだけど。じゃあ、さっきの音はなんだったの?」


 烏兎うとが発した言葉。人なのか、動物なのか。意味合いからして、幽霊でも見えているような言い方。本来ならば、驚いて逃げるのが物事を行う際の道理。


 にもかかわらず、怖がるどころか落ち着いて状況を観察するのみ。暫く何もないことを確認すると、気を取り直してペダルに足をかける。


 そんな朝から不可解な出来事も慣れた様子。全く動じることなく、自らが通う高校へ進路を向ける…………。



    ✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿【場面転換】✿.。.:*:.。.ꕤ.。.:*:.。.✿



 やがて学校へたどり着く烏兎うと。10キロもの道のり、さぞかし疲れたに違いない。けれども、顔色一つ浮かべず窺えた様子は高揚感に満ち溢れた笑顔。校門を抜けると、脇目も振らず下駄箱へ足を運ぶ。


「さあて、さっさと済ませるかな。それよりも、誰もいないことを確認しなくちゃね」


 こうして入口付近にたどり着くも、周囲を気にして落ち着きない素振り。というよりも、向かった先は自らの下駄箱ではなく他の生徒が所有している靴置き場。


「こんなとこ他のやつらに見られたら、三年間からかわれるに決まってるからね」


 烏兎うとはカバンから手紙を取り出し、他人の下駄箱へそっと持参したものを置く。そこに書かれていた名前は、天満 望あまみつ のぞみ。女性の靴置き場であった。


 状況から察するに、朝から幸先がいいと感じた気持ち。そして祖母に準備があると伝えた言葉。早起きした一連の流れは、この事が理由だったに違いない…………。

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